さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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小さな無法者たち

2008/03/18 18:12 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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3月初旬のことである。

さくらエコホームの寮母のニラーが深刻な口調で電話してきた。またしてもエコホームの子供たちがなにかやらかしたのであろう。エコホームとはさくら寮の分室のようなもので、寮生30人ちょっとの小さな寮。チェンラーイ市内から約20キロ離れたカレン族の集落・ルアムミット村にある。ここへの入寮資格は基本的には貧困であること、村に学校がないということだけなので、選抜審査に学力試験も加味しているさくら寮の子供たちよりも家庭の平均的な経済状態はさらに貧しい。

ecohome.jpg 
さくらエコホーム

さて、自分のところの恥をさらしてしまうことになるが、寮母のニラーが小学生の子供たちの通うルアムミット小学校から呼び出しを受けたのはこんな情けない理由だ。最近、学校の電話の料金請求額が異常にかさみ、職員が不審に思って調べてみたら、学校の児童たちが無断で教員室に入って電話をかけまくっていたらしいことが発覚したのだ。そして料金請求書に同封されてくる発信先の電話番号明細などから、電話を使用した児童のほとんどがさくらエコホームの寮生たちであることが判明した。寮生たちも使ったことを認めているという。

エコホームの寮生は早起きで、いつも他の自宅通学児童よりも早い時間に集団で登校する。教員室は早朝に用務員さんが鍵を開け、それから最初の教員が入ってくるまでに30分ぐらい無人の時間帯があるのだという。その時間帯を利用して、子供たちは入れ替わり立ち代り電話をかけていたらしい。その額、数千バーツ。学校がカンカンになって寮母を呼び出すのも無理はない。

電話を無断使用したエコホーム寮生は全部で約20名。アカ族の少女一人を除く小学生の女子のほとんどと男子数名である。今年入寮したばかりの小学校3年生、9歳のAまで含まれている。通話先はほとんどが携帯電話で、親戚や家族、友人、なかにはボーイフレンドにかけていた子も。チェンマイやバンコク、はては南タイにかけている子もいた。兄弟や親類が出稼ぎに行っているのである。話を聞いて、しばし唖然とした。

sakuradining.jpg 
さくら寮の食事風景

寮では携帯電話の使用を認めていないし、寮内には公衆電話もおいていない。寮の近くには公衆電話があるが、寮生の多くは電話をかけるお金もない。もうすぐ学校がお休みになるから、迎えにきてほしいと連絡したい。気持ちはわかる。しかし、よりによって学校の電話を集団で無断使用とは・・・。ちびっこのギャングたちである。子供たちは学校の電話が無料で使用できると思っていたわけではないだろうし、許可なく電話を使ってはいけないことを知らなかったわけでもないはずだ。善悪の観念がないというより、社会や道徳の規範にそって行動しようとする意思が弱いということなのか。目先の利益や欲望に負けて、結果生じるほんのちょっと未来の損益や信用の喪失をも展望しえないというべきか。もちろん使用した電話料金は各自の保護者に責任もって弁償させることになった。

私たちはついつい山地民の子供に対して「無垢で正直で純情」といった勝手に作りあげたイメージを抱きがちである。私もはじめてタイにきたばかりの頃はまさにそうだった。古きよき時代の、失われた時代の日本の子供の表情がそこにある・・・なんて。

しかし、どんな国のどんな地域の子供であれ、私たちがかくあるべきだ、かくあってほしいと思うイメージの中の子供と、現実の子供の間には決定的な齟齬がある。山地民子供たちもまたしかりである。身勝手で自己中心的だったり、人のものを盗んだり、計算高かったり、自分を守るためには平気で嘘をついたりする子もいる。12歳以上ともなれば考えていることはほとんどが異性のことばかりといったぐあいである。

実は私自身でさえも、よりチェンラーイの町に近いさくら寮の子供たちよりも、さまざまなメディアの情報や物質的な刺激を受けていないエコホームの子供たちのほうが素朴で誠実で聞き分けがいいに違いない、と単純に信じてきたところがある。たまにエコホームに視察に行けば、みんなちゃんとワイをして笑顔で挨拶するし、見るからに素直そうでいい子たちばかりじゃないかなどと感心する。しかし実際にはずっと一緒に暮らさない限り子供たちの行動や本質はよくわからない。

stage.jpg 
さくら寮のステージ

素朴であることと、善悪の判断ができるかどうかということもまた別の話である。どこにいようと、貧しかろうと豊かであろうと、人は教育によってしかモラルや善悪の判断力を獲得しようがないし、教育もなにも受けていない白紙の状態であればあるほど、外圧による変化の波をもろに浴び、他人の価値観や道徳観の影響を受けて、またたくまに別の色に染まったり、ねじくれてしまったりするのだ。子供は最初から「善」として生まれてくるわけではない。ときには学校教育によって、ときには家族や地域の共同体から教えられ、「善」として育てられていくものだ。

もちろん子供たちのこうした行動は、単に学校や寮内だけの問題ではありえず、むしろ、大人たちの社会を正確に映し出す鏡にすぎない。モラルに対する意識が希薄になってきているのは大人の社会も同様である。

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さくら寮・アカ族の女子

 

 

 

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三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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