さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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パイの憂鬱

2013/01/01 18:53 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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パイ近郊のビューポイント


年末の数日間の休暇、またしてもスタッフたちからどこか遊びに連れていけという強い要望にしたがい、パイ、メーホンソン方面に出かけることにした。円安で予算不足の折、安ゲストハウスに安食堂の旅でよければ
OKという条件付きである。

 

だが女性スタッフたち、昨年のラオス旅行以来、約5年間のバックパッカー生活でならしたこの私の行き当たり場当たりの旅の流儀をかなり不安視している。



「スケジュール表はあるんですか? ホテルの予約は?」



「そんなもんない。なーに、メーホンソンとかパイなんて、ワシにとっちゃ自分の庭みたいなもんだから、目をつぶっても歩けるぐらいだよ。心配すんな」



実際、約
25年前、私はこのパイ、それから少しメーホンソン寄りのソポンという町を拠点に、周辺の山岳民族の村を自分の庭のごとく闊歩していた。

 

当時、パイ経由のメーホンソンへの道は、半分以上が未舗装で、急坂やカーブも多く、車はせいぜい時速30キロぐらいでしか走れなかったので、パイの町はメーホンソンに向かう途中で仕方なく一泊する宿場町のような位置づけだった。15分で端から端まで歩き抜けるような小さな街のメインストリートの道沿いに欧米人バックパッカー向けの安ゲストハウスが数軒あるだけだった。宿泊費は
50バーツから80バーツぐらい。中には個室で40バーツという激安の部屋もあった。



私はもっぱら山の村にホームステイしていて、たまに息抜きでパイの町に降りてきては、リス族の女の子たちと滝に遊びに行ったり、温泉に行って近くの村から遊びに来ていたタイヤイの女子高生たちと一緒にパンツ一丁になって混浴したりした。(あ、いや、パンツ一丁になったのは私だけですからね、念のため)



それが今回、約10年ぶりにパイの町を再訪し、ぶったまげた。メインストリートのみならず、街のいたるところにレストランやブティックやらゲストハウスやら土産物屋やら刺青屋が立ち並び、欧米人旅行者やタイ人観光客で溢れかえっていた。かつてはただの住宅街だった裏通りに入っても、民家を改築、改造したようなまさに民宿風のゲストハウスだらけ。街全体がゲストハウスという感じで、バンコクのカオサン状態である。



DSCF0364_R.jpg 

大戦中、日本軍が建設した「メモリアル・ブリッジ」も今や観光名所。リス族の「写真少女」たちが観光客に群がる。


なんでも
15年ほど前から若者層を中心に、チェンマイに近く、風光明媚な新たなリゾート地として注目を浴び、タイのテレビでもたびたび紹介されるようになった。ヒッピー旅行者やタイのアーチスト志向の連中だけではなく、一般のタイ人観光客も「めざせ、トレンディなパイ」ということになったらしい。おかげでパイは物価も地価もうなぎのぼり、40バーツだったゲストハウスは最低でも400バーツぐらい出さないと泊まれなくなってしまった。一泊数千バーツの高級リゾートも雨後の筍のごとく建ちはじめている。



ここへきて一抹の不安がよぎった。驚いている場合じゃない。ホテルだ、まずは宿を確保せねば。



ところが、街のどこを探してもゲストハウスの看板は「
Full」の4文字。郊外ならどこか一軒ぐらい空いているだろうと、どこまで車を走らせても、田んぼのど真ん中に立っている安ホテルも「Full」。 ほらみたことか、といわんばかりに女性スタッフたちの引きつった視線が私の顔面に突き刺さる。




まあ時期も悪かった。年末年始はタイ人観光客も大移動するのだ。国民のほとんどが貧乏だった四半世紀前は、地方の小都市を旅するタイ人なんて行商のおやじぐらいのもので、一般庶民にはホテルに泊まる必要がある距離への観光旅行などに縁がなかった。それが今ではバンコクからも自家用車で続々と北部タイにやってくるようになった。一方で最初の頃ここに住み着いていたヒッピー旅行者やアーチストたちは、あまりの物価の高騰と騒々しさに悲鳴をあげて脱出し始めているという話も聞く。




結局、足を棒にして夜
7時までホテルを探したが、観念して3時間かけメーテンまで移動し、古びた安旅社になんとか投宿し、女性スタッフを野宿させずにすんだ。



その翌日に行ったチェンマイ県のドイ・アンカーンも、人、人、人だらけ。標高
1300mの頂上付近まで続く急峻な坂道は車の渋滞の列。駐車場もレストランも超満員。ここも昔は山岳民族の人たちがのどかに暮らす地域だったが、最近はタイ人の人気観光スポット。まるで大晦日の伊勢神宮に来ているような人ごみだった。結局、くたくたに疲れて帰ってきただけだった。



教訓。タイでは年末年始は観光地には出かけず、おとなしく寝正月を決め込むに限る!

 

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ドイ・アンカーンの国境の村でスタッフ一同記念写真

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三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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