さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

スポンサーサイト

--/--/-- --:-- ジャンル: Category:スポンサー広告
TB(-) | CM(-)Edit

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第7回寮生訪日雑感

2010/10/29 00:22 ジャンル: Category:さくら寮日誌
TB(0) | CM(0) Edit

10月の学期休みを利用して、18日間にわたる寮生日本研修旅行に同行してきた。

さくら寮生の日本研修は今回で7度目だが、これまではたいてい4月頃の実施で、秋に決行したのは初めてだ。10月2日、3日に東京日比谷公園で開催された国際協力の祭典、「グローバルフェスタ・ジャパン2010」にさくら寮生たちを参加させることが、今回の研修旅行の主要なミッションのひとつだった。

「グローバルフェスタ」は外務省主催による、政府機関、国際機関、NGOなど270を超える国際協力団体が出展する年一度のイベントで、さくらプロジェクトも毎年出展し、寮生や山岳民族の人たちが作った民芸品を展示、販売しているが、寮生たちが参加するのは今年が初めて。会場では民族衣装を着用し、ときおり店先で突然太鼓を叩いてラフ族の踊りを披露した。


hounichi1_20120929030513.jpg 

hounichi2.jpg 



今回は東京のほか、千葉、山梨、長野、神戸、岐阜などの各地を訪問してまわったのだが、男子1名、女子5名、引率の私を含めて計7名がほぼ全行程を全員が同じ家にホームステイさせていただくという大所帯での旅となった。日本では一度に7人もの客を泊められるお宅はそうそうあるわけではないが、各地でその条件にかなったホストファミリーが名乗りを上げてくださって実現の運びとなったのだ。

ときには男も女もふすまひとつ隔てて雑魚寝というほとんど修学旅行の夜のような夜もあった。うら若き娘さんたちと雑魚寝なんて楽しいじゃないかと羨ましがられるかもしれないが、大変なことも多々あった。普通のご家庭にはトイレはひとつ、せいぜいふたつしかないから、朝などトイレ争奪戦争が勃発し、便秘気味の生徒たちに長時間占拠されて中高年性頻尿の傾向がある私などは、あやうく小便をちびりそうになったりするのだ。しかしそれでも、毎日何らかのイベントが組まれているので、移動や送迎の便を考えると、全員が同じところに宿泊できるのは実にありがたかった。

集団でのホームステイは気楽で賑やかな反面、問題点もある。寮生たちは出発の半年前から週5日の日本語の特訓を受けてきたのだが、このようなパック旅行的状況では日本語会話の実践的修行を積むのはむずかしい。ホストファミリーより客のほうが人数が多いのだから、茶の間での会話はついついタイ語勢力が優勢となってしまうのだ。「ここは日本なんだから、日本語をしゃべれよ! ホストの方に失礼だろ」と何度怒鳴ったことか。

 まあ、短期間での日本語の上達には限界があるとしても、やはり教えておくべきだったのは、「日本人の心」というやつだった。と今にしてつくづく思う。日本語会話の習得に重点をおきすぎて、日本の歴史や文化、なにより日本人の価値観や考え方を伝授するのを怠っていたのだ。


hounichi3.jpg 


 そのことを痛感したエピソードの一例。

 ヤオ族の高校2年の女子Sは、まだ幼さの残る16歳。今回の参加メンバー中最年少である。日程の後半、Sは大阪に滞在していたグループと別れ、伊勢市にお住まいの里親さんご夫婦のお宅に一泊だけホームステイさせていただく予定になっていた。

 それまで他の寮生たちと元気いっぱいはしゃいでいたSだが、いよいよいたったひとりでタイ語の通じない相手と一昼夜をすごさなければならないということで、かなりプレッシャーを感じているようだった。けれど、これこそがホームステイの本来の姿なのだ。私たちに背中を押されて、SはボランティアのKさんに付き添われて緊張の面持ちホームステイ先の伊勢に旅立っていった。

その夜、里親さんからSの無事到着と、家での様子を伝える電話がかかってきた。どうもホームシックのせいか元気がなく、借りてきた猫のようにしょんぼりとしているという。「どうしたもんでしょうかねえ。やっぱり仲間と別れて寂しいんですかね。もうひとりお友だちにも一緒に来てもらえばよかったのかしら」

言葉も通じないし、里親のかたもどう対処していいのか、途方にくれていらっしゃるようだった。結局Sは、その夜、シャワーを浴びると夕食にも同席せずに寝室に引きこもり、朝まで出てこなかったという。

翌日、集合先の岐阜までSは里親さんに付き添われてやってきた。友人たちと顔をあわせると再び水を得た魚のように元気にタイ語ではしゃぎはじめた。現金なもんだ。 集団でいると気が大きくなって傍若無人に振舞うが、単独行動させたら何もできなくなるというのは、日本人もタイ人も同じかもしれない。

 里親さんが帰ったあと、私はSに少し強い口調で説教した。

「なんだって、夕食も食べずに部屋に引きこもって寝ちまったんだ」

「だって昼間いただいたラーメンだけで満腹になっちゃったし、疲れてたんだもん」

「たった一晩のことじゃないか。片言の日本語でも、身振り手振りでもいいから、なんでせっかくの団欒につきあってあげなかったんだ」

そう言うと、勝気な性格のSは、不満そうに早口で私に食ってかかった。

「里親のかたが『疲れていたら先に休んでいいのよ』とおっしゃってくださってるのに、それを拒否しなきゃならない理由があるんですか」

 私もこの一言でカチンときて、テンションがあがった。

「違う。そうじゃないんだ。それは日本人一流の思いやりの言葉というやつだよ。でも本心は違うんだ。言葉の裏側を読むってことが大事なんだ。里親のかたは君の来訪をそれこそ何ヶ月も前から心待ちにして、君がきたらどこへ遊びに連れていこうとか、何を見せてあげようかとか、夕食には何を食べさせてあげようとか、それこそわくわくしながら、綿密に準備してきたんだ。たとえ満腹で食欲がなくたって、君は一緒に食卓に座って一口でも口をつけるべきだった。それが人間の思いやりってもんだろ。料理が食べられなくても、辞書をひきながら日本語で会話をする努力をすべきだった」

 しかし、言い終わって、まだ16歳の子どもにこんなことを説明しても無駄だったかもしれないと思った。日本人の気持ちや行動、言葉の奥や行間を読むということを、一朝一夕に理解することは難しい。

 これまでの訪日寮生にもそうした傾向はみられた。たとえば夕食後、シャワーが終わったころを見計らって、ホストファミリーのかたが「お茶でも飲む?」と声をかけてくださる。日本人にとって「お茶でも飲む?」という誘いは、単にお茶やコーヒーを飲みたいかと問うているのではない。「お茶を入れてケーキでも食べながら一緒にお話でもしますか」という団欒への誘いの意味が内包されているのだ。それが理解できないから寮生たちは「今は喉が渇いてないからけっこうです」と断ってしまう。もちろん、それが遠慮というものだと理解している場合もあるのだが、たいていは「お茶をたしなむ文化」がないゆえに、言葉を字義どおりにしか解釈できないのだ。

 これが文化の違いというものだ。

相手の立場に立って行動したり、物を考えることのできる数少ない民族である。それは本来誇ってよい美徳であるはずなのだが、そうした文化のない国の人々に対してはまったく理解されなかったり、かえって誤解を招くだけの結果になる。

今回は日本という土俵でのことなので好き勝手なことを書いているが、これがタイでの日本人の行動ということになると、あまりタイ人のことばかり批判できないのかもしれない。

hounichi4.jpg

写真1:グローバルフェスタでの寮生たち
写真2:会場では突然路上ライブでラフ族の踊り。
写真3:ホームステイ先ではこんな具合に寝ていた。
写真4:ホームステイ先での食卓。
スポンサーサイト

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
この記事のトラックバック URL

プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。