さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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クリスマスの明暗

2012/12/25 14:46 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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今年もさくらホールで年末恒例のクリスマス会が開催された。


今年は各学年別に構成されたチーム対抗の出し物、カラオケ選手権などのほか、各世代混合で4つにわけられたチームが優勝の副賞である『ムーカタ(焼肉)食べ放題』をめざしてアイデアを練り、約1カ月かけてひそかに準備を重ねてきた力作を熱演した。どのチームも気合が入っていて、見応え充分。みな、なかなかのエンターティナーである。演出や衣装、美術などのレベルは毎年上がっているし、子どもたちがその創造力を発揮できる環境も整い始めている。


ひと昔前までは、子どもたちはダンスや演劇に使うBGMを手に入れるだけでも一苦労で、私のところにも「BGMに使えそうな曲があったらテープかCDを貸してください」と相談にきていたものだ。私も自分のCDやテープのコレクションを総動員し、カセットデッキやMDレコーダーなどを使って夜遅くまでダビング編集の手伝いをしたものだ。それが今では誰もがパソコンやインターネットを駆使できる時代になり、
youtubeなどでダウンロードした曲をパソコン内で手際よく編集してBGMを仕上げている。技術の進歩はすざましい。

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さて、私たちチェンラーイ在住日本人オヤジバンドも、クリスマス会のステージで演奏させていただいた。今年は去年と違ってトリでなく、夕食後の1時間。最後だとプログラムが押しまくって出番が深夜になってしまい、眠りこんでしまう年寄りメンバーが若干名いるためである。


こちらも気合だけは十分で、1カ月前から三輪邸に毎週集合して特訓を重ねたのだが、この夜のライブはいつもと様子が違った。いつもはすぐにかぶりつきで踊ってくれるノリのいい寮生たちがまったく乗ってこない。完全に空振りだ。


なぜか。理由はどうも選曲にあったようだ。今年我々が演奏したのはタイ・ポップスではなく、洋楽、しかも30~40年前のオールド・ロックだった。レッド・ツェッペリン『ロックンロール』に始まり、ローリングストーンズの『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』、ディープパープルの『ブラックナイト』、クリームの『サンシャイン・オブ・ザ・ラブ』、イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』、そしてチャック・ベリーの『ジョニー・B・グッド』と、40代以上のロックファンならだれでも知っている古典的名曲ばかり。だが、十代のさくら寮生でこれらの曲を一曲たりとも知っている者はいない。そりゃ、知るわけないか。いや、『ホテル・カリフォルニア』で踊れとは言いませんがね、せめて『ロックンロール』とか『ジョニー・B・グッド』ぐらいはねえ・・。結局一番受けたのは最後にやったLOSOの数曲だった。


やはり、寮生たちにはタイの歌しか受けないのか?


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実は数年前から少し気になっていたことがある。20年前のタイの若者たちって、もう少し洋楽に親しんでいたような気がする。ビートルズやサイモンとガーファンクル、ジョン・デンバーとかのカントリーミュージック、60年代のオールディーズとかフォークソングにも根強い人気があった。今でも中年のミュージシャンなんかはホテルのラウンジとか場末のパブんなんかで歌っている。


今回、必要があって、チェンマイの書店にコード表つきの洋楽の歌詞集を買いに行った。以前所有していたが紛失してしまい、買いなおすためである。60年代から70年代にかけてのロック、ポップスのナンバーが数千曲網羅された分厚い本がシリーズで3冊出ていた。ところが、10年前には平積みになっていたこの歌詞集がどこの書店からも忽然と消えていた。著作権問題でこじれて絶版になったのかもしれないし、なんでもネットでダウンロードの時代だから、そういう本が淘汰されるのは当然という考えもできるが、どの書店でも洋楽関係の歌本は一切見当たらない一方で、タイのロックやポップスのこうした歌詞、楽譜集は多種多様で、山のように売られているのだから、印刷媒体の衰退だけが理由ではなさそうだ。

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日本でも70年代、日本語の歌詞でロックをなんていうムーブメントがあったが、タイでもタクシン政権時代に、自国の製品、言語、文化を大事にしましょうみたいな国策が掲げられた記憶がある。音楽も国産で行きましょうってことか。これを文化におけるナショナリズムの高揚とみるのか、国内の音楽産業の成熟と見るのか。


まあ、アジアでは一番洋楽を聴くと言われている日本でも以前と比べると邦楽に比べて洋楽の売り上げシェアは落ち込んできているというから、これはアジア全体の傾向かもしれない。ま、最近は山岳民族の世界でも自民族言語でのポップスがヒットしているし、自分たちの言葉、歌詞で歌をうたうのは悪いことではないが。


こうなったら次は、チェンラーイのホコテンでの路上ライブで、ファランの中年観光客たちの前でやるしかないなあ。って、そこで受けなかったら、つまり単に私たちがヘタクソだったってことか。はっはっは。



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クリスマス会の様子。今年は予想通り、複数チームが「江南スタイル」の振りを取り入れてきた。日本のアニメの主題歌とAKBの曲も人気。

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オヤジバンドのステージ

 

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本当は怖いゾウの話

2012/12/01 16:35 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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先日チェンマイに行く機会があり、もうすぐ
3歳になる息子も一緒だったので、10年ぶりぐらいにチェンマイ動物園に行ってきた。
 


チェンマイ動物園は自然豊かな広大な敷地をふんだんに使っているのはいいが、坂道が多く、目玉となる各種動物の檻と檻があまりにも離れているので、小さな子ども歩いて観てまわるにはちょっと無理がある。といって地上
10メートルほどのモノレールに乗っても、木々の梢が見えるだけだし、園内を一周する遊覧バスを使っても、目撃できたのはキリンの首から上とバスの中まで鼻を伸ばして餌をねだりにくるゾウぐらいのものだった。


ゾウ1_R
チェンマイ動物園のゾウ。




よく人に慣れたゾウを見ていて、
10年ほど前のある出来事が頭をよぎった。


その日、私はさくらプロジェクトが支援している
J村に来ていた。ゾウ乗り観光で有名なR村からさらに6キロほど山奥に入った村である。


夕方7時ごろになり、雷鳴がなり、雨が降り始めた。そろそろ村を降りなければならない。その夜、
J村の人々はいつになく(?)親切で、来る人来る人、私の腕にアムケ(白い糸)を巻きつけてお祈りしてくれる。祈祷師の一人は、「アチャン(先生)、できることなら、今晩は帰らないほうがいい、村に泊まっていきなさい」と勧める。しかし今夜は泊まる予定できていないので、村人たちの申し出を丁重に断って別れを告げ、トヨタの4駆ピックアップ・トラックに乗り込んだ。


車が走り出してしばらくして、若い運転手の
Y君が私に言った。彼もラフ族である。

「さっき、村人が話していたのですが、アチャンにしきりにアムケをして祈ってくれたのは、帰り道にどうかあのお化けゾウに襲われないようにというお祈りだったんです」

「なんだよ、それ」

「P村の近くで人を襲った例のゾウなんですがね、森の中へ逃げてしばらく行方不明になっていたのですが、今日になって、今いたJ村に向かっているらしいことがわかったんです」


ゾウ2_R
 観光客に人気のゾウ乗り。



実は数日前、
R村の近くにあるP村のラフ族の村人が、なんらかの原因で精神に異常をきたして凶暴化したゾウに森の中で襲われ、無惨な形で殺されてしまうという、ショッキングな事件があった。R村では観光用に60頭以上のゾウを飼っているが、発情期を迎えたゾウはときに調教師も手をつけられなくなるほど凶暴になるため、森の中に足枷をはめられておさまるまでつないでおかれる。今回はそのゾウが足枷を自分で断ち切り、森をさまよっているときに、狩りに来ていたP村の
ラフ族の人が鉢合わせてしまったのだという。その村人二人は遺体の形状さえわからないほど凄惨な状態で発見された。

「えっ、あのゾウ、まだつかまってなかったの?」


「ええ、だから今
J村を出たら、僕たちが途中でそのゾウと鉢合わせになるかもしれないと、村人が心配してたんです。野生のゾウはたいてい、水場にやってきます。例のゾウが現れるとすれば、僕たちがこれから通るあの森林局の近くの小川のところだと思いますよ」

「そ、そんな重大なこと、もっと早く言えって。なんで出発しちゃってから言いだすわけ?」


「引き返しますか」


「いや、もう遅いよ。このままできる限り急いで山を降りるんだ。でもあせってハンドルを切りそこねて谷に落ちないように気をつけなよ。落ち着いて」


ゾウ3_R


風雨は激しくなり、雷も鳴っている。ゾウがやってくる可能性が高いといわれている森林局近くの水場が近づいていた。道は車一台がやっと通れるだけの幅である。引き返すこともできない。雨水がラテライトの道を滝のように流れ、粘土をこねるようにひどくぬかるみはじめた。こんなところで殺人ゾウと鉢合わせになったら、つっきって前に進むことも、猛スピードでバックすることもできない。


激しい雨と風。ジャングルの中を抜ける道は真っ暗で、ワイパーがほとんど役に立たないほどに激しくフロントガラスをたたきつける雨のために、視界がほとんどない。


と、前方で「キーーン」という鳴き声のようなものがした。すわ、ゾウの声か? いや、風の音だ。


不気味な風の音が聞こえるたびに、そしてカーブを曲がるたびに、目の前にゾウが立ちはだかっているのではないかという恐怖感で体が震え上がった。


雨がさらに激しくなった。その瞬間、「ガツン!」と音がして、フロントガラスの上に長い巨大なものが降りかかってきた。


ゾウの鼻だ。


「ギャーーーーーーー、でたあ!」


私も
Yも一緒に絶叫した。万事休すだ。


と思ったら、それは暴風で倒れてきた木の枝だった。


まるで映画「ジュラシック・パーク」の主人公になった気分である。しかしこれは現実なのだ。心臓がバクバクし、手のひらは冷や汗でびっしょりになっている。


今ここで車がスタックし、そこにあのゾウが現れたらどうすべきか。ドアを開け、車を降りて一目散に駆け出すか、あくまで車の中で小さく身をかがめているのが得策なのか。しかしあの化け物ゾウは窓ガラスを叩き割り、ピックアップ・トラックぐらい平気で転がしてしまう馬力をもっているのだ。谷底に車ごと落とされたりしたらひとたまりもない。窓をあけて一目散に逃げ出したとしても、若い
Y君と違って体力のない私が先にゾウの餌になるのは火を見るより明らかである。
 

J村からR村までは約6キロ。ふだんなら15分もあれば降りてしまうこの道が、この夜は1時間にも2時間にも感じられた。悪夢の中にいるように行けども行けどもたどりつかないのだ。やっとR村に抜ける三叉路にたどりついたときは、喉がカラカラだった。命拾いした思いだった。



その翌日、ゾウは無事、捕獲されたらしい。



賢くて人に従順なゾウだが、ごくごくまれにだがコントロール不能なほどに狂暴化することもある。調教師や飼い主でさえ踏みつぶしてしまう。こうしたニュースは観光産業に与える影響への配慮からか、あまり公にされることがないが、ゾウ観光を楽しまれるかたはちょっぴり心の片隅に刻んでおかれたい。


ゾウ4_R

チェンラーイ県ルアミット村は象乗りで有名なカレン族の村


プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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