さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

スポンサーサイト

--/--/-- --:-- ジャンル: Category:スポンサー広告
TB(-) | CM(-)Edit

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

疱瘡譚

2012/05/31 16:43 ジャンル: Category:さくら寮日誌
TB(0) | CM(0) Edit

IMG_8436_R.jpg 
こんな症状にお心あたりのある方はご一報を

 それは5月初旬のことだった。数日前から奇妙な倦怠感を感じてはいたのだが、昼ごろから突然ドーンと高熱が出て、3時間ほどベッドに倒れ込んでそのまま動けないほどになった。夕方、嫌な汗をかいて目覚めると、激しい頭痛がし、背中を何かに突き刺されるような悪寒が走った。この感覚には覚えがある。十数年前に二度もかかったマラリアである。このなんともいえない不快な感覚は、あのマラリア発症時の初期症状そのものだ。 

やばい。その10日ほど前、私はミャンマーのシャン州のチェントンを旅していたのだった。暑期後半のこの時期、ミャンマーやラオスの山地帯、メコン川沿いはマラリアが猛威を振う。過去に二度、ラオスでマラリアにかかったのもまさにこの時期だった。

一度は熱帯熱マラリアで、40度を超える高熱に1週間うなされ、小便が真っ黒になった頃に病院に運び込まれた。治療開始後も熱と薬物投与のせいで嘔吐と不眠、幻覚に数日間うなされ、死線をさまよった。退院したときは5キロほど体重が減っていた。もう二度とマラリアなんかにはかかりたくないと思ったほどだ。それに今度はもう40台前半の頃の体力もない。マラリアが疑われたら早期発見、早期治療に努めなければ命取りになると肝に銘じていたのだ。


すぐに病院に駆け込み検査をうけると、とりあえずマラリアに関してはシロだった。一安心である。

「風邪でしょう」と当直の若い医師が言い、「お泊まりになりますか?」と看護師が何度も尋ねた。しかし、風邪で入院したところで、2、3日解熱剤と点滴を打たれ、まずい病院食を食べさせられるだけである。「泊まっていったらどうですか?」なんとしても私を入院させたいらしい看護師の勧めをさえぎって、解熱剤を打ってもらい、薬を処方してもらって帰った。私は大の病院嫌いである。

ところが、その夜も高熱はおさまらず、全身がしびれるような痛みに襲われ続けた。足先がつったように硬直し、体の節々が痛み、朝まで眠れなかった。

翌日から、これまで体験したことのない奇怪な症状が現れ始めた。まずは足の裏、手のひら、口元、そして頭皮の順に、赤い斑点というか、湿疹のようなものが次々に現れ、それは次第に全身へと広がっていった。頭皮にはあちこちにかさぶたのようなものができていて、はがすと乾いた膿みの塊のようなものが巨大なフケのように剥がれ落ちた。シャワーを浴びると、頭皮だけでなく、顔面も激しく痛む。鏡ではよく確認できないが、顔にも細かな湿疹が出ているようだ。そしてしばらくすると手の平や足の裏に、水疱瘡状のふくらみをもったブツブツができ始めた。

あ、と思った、そういえば私が発熱する数日前、実は2歳半の息子も発熱して手のひらと足の裏に水膨れのようなものができ、病院に連れていったのだ。妻は水疱瘡(タイ語でイスイサイと呼ぶ)を疑ったが、若い医師の診断は「手足口病」ではないかとのことだった。手足口病は日本では夏風邪の一種といわれ、子どもがよくかかるウィル性の疾患だ。通常は放置しても完治するが、EV71とかいうウィルスの場合は重症化することもあり、アジア各地で毎年多くの死者も出ているらしい。

もしや息子の手足口病がうつったのか。私は朦朧とする頭でパソコンに向かい、いろいろ情報を集めた。水疱瘡も手足口病も稀に成人への感染があること、そして発症すると子どもより重症化する場合があること。が、水疱瘡や手足口病では通常出ないとされる部位に湿疹が出ていて、断定はできない。

一日すると高熱はおさまり、37度台まで落ちたが、疲労感、倦怠感はおさまらず、足裏と手のひらの湿疹、水腫は広がっていった。

翌日、起きて鏡をのぞき込むと、さらに大変なことになっていた。顔面に無数の赤い湿疹ができて、まるで怪奇映画の主人公である。手の甲にも、胸からお腹にかけても真っ赤な斑点が広がっている。加えて舌や喉など、口の中まで炎症が広がり、食べ物が喉を通らない。何かを飲み込むだけで喉が激しく痛むのだ。足の裏の無数の水膨れも紫色に膨張し、圧力を加えると激痛が走る。ついに歩くことも、食べることもできなくなってしまった。

いったいこれはなんなのだ。息子から移った手足口病でも水疱瘡でもないとすれば、原因はやはりあのチェントン旅行の劣悪な環境と疲れで、何か恐ろしい風土病にでも感染したのだろうか。

ミャンマーは電力が圧倒的に不足しているため、電気が使えるのは午後6時〜10時ぐらいまでの数時間である。投宿した、建物と門構えだけは立派な国営ホテルには一応エアコンが設置されているが、ほとんど飾り物の状態で、一番暑い日中も、夜間も使えない。せめて扇風機ぐらいあればと思うがそれもない。おまけにシーツには蚤かダニらしきものがいて、痒くてのたうちまくった。あまりの寝苦しさに3日間一睡もできなかった。あの国営ホテルはかつてのシャン王朝諸藩の中でもひときわ栄華を誇っていた藩邸の跡地に立っている。旅人を一睡もさせなかったあの異様な雰囲気は、藩邸を取り壊されたシャン王族の呪いだったのか。

いやいや、冷静に考えると、あのチェントンのホテルでウィルスを伝染する虫に刺されたのが原因かもしれない。発疹と発熱をともなう伝染病をネットで調べると、恐ろしい病気が次々と出てくる。発疹チフス、ツツガムシ病、日本紅班熱、天然痘、ペスト…。症状の画像検索をすると、どの病気も経過や症状が自分のそれと酷似している。ぎゃーーーっ!

再び病院へ駆け込んで、精密検査を依頼する。しかし医師からは、これは水疱瘡でも帯状疱疹でも手足口病でも発疹チフスでも、ましてや天然痘などでもないと一笑に付された。しかしなんらかのウィルスに感染して発疹が起こっている可能性が高いという。そのウィルスの正体が知りたいのだが、医者は検査もしないでありきたりの抗生物質を処方するのみである。

結局1週間後、やっと水膨れの増加は終息に向かい、足の裏や手のひらに出来ていた水膨れのようなものは破裂せず、あずき色の内出血のように扁平に広がりはじめた。痛みやかゆみはない。口内炎も収まったのか。食事も喉を劣るようになった。

しかし、その後、内出血のようなふくらみは自然消失することはなく、ついに足の裏と手のひらの皮膚全体が死んで、ひとまとめに肉から剥がれかかってきた。下から新しい皮膚が再生しつつあるので問題はないが、足の裏の死にかけた皮膚が肉から離れてブラブラしており、しばらくはゴム手袋、ゴムの足袋をまとっているような違和感。このまま死んだ皮膚が全部こんな感じで全身を被ったら…。私は蛹になってしまうのか!

やがて足の裏と手のひらは表皮が丸ごとぺろりと一皮むけ、赤子のような新しい皮膚が再生しつつある。

アフリカから帰ってきたばかりのボランティア・茅賀でさえ、これを見て叫んだ。

「こんな症状、日本の病院だったら確実に隔離されてるレベルですよ!」

幸いにも今のところ家族やスタッフにも二次感染者は出ていない。子どもたちが寮に戻ってくる前でよかった!?
にしても、いったいこの病気はなんだったのか。
スポンサーサイト

プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

カレンダー
04 | 2012/05 | 07
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。