さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

スポンサーサイト

--/--/-- --:-- ジャンル: Category:スポンサー広告
TB(-) | CM(-)Edit

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

K嬢の奇跡(後編)

2012/03/25 03:09 ジャンル: Category:さくら寮日誌
TB(0) | CM(0) Edit

IMG_8948.jpg


さくら寮近くの道路でバイクに乗っていて、暴走してきたトラックに衝突され、ひき逃げされたさくら寮ボランティアのK嬢とスタッフのプン。奇跡的に無傷だったが、その事故の真相を知りたい私たちは、チェンラーイの警察署に向かった。

夜もふけており、夜勤明けで眠そうな40代の交通事故担当の警察官は、私たちの説明にあまり真剣にとりあってくれなかった。

「あのね、私ももう15年このかた交通事故の処理を担当してるんだ。現場をちょっと見れば、たいていの状況は推察できるんだよ。十中八九は右折中のバイクの前方不注意か強引な割り込みだよ。間違いない。そりゃ当てたトラックも、逃げた点では当然過失があるけどな。事故自体はどっちに非があるかは、なんとも言えんなあ」

警察官は他にもさしせまった事案をいっぱい抱えているから、そんな軽微な事故に関わっておられないというような迷惑そうな顔つきだったが、私たちが「被害の大小の問題ではない」となおも食い下がると「まあ、車のナンバーの目撃者もいることだし、今、陸運局に問い合わせてるから、車のオーナーはすぐに抑えられるさ。明日には少なくとも車の持ち主は見つかるよ」と言った。

私たちはあまりやる気の感じられない警察をあてにせず、自分たちで目撃者と証拠探しをすることにした。事故現場の周辺は村では一番賑やかなところで、目撃者も多かった。現場に帰って聞き込みをすると、複数の目撃者が車のナンバーを正確に覚えていることがわかった。目と鼻の先にふたつあるコンビニの監視カメラも見せてもらったが、事故現場までの画角はカバーしていなかった。 

IMG_8799_R.jpg
 
ふたたび現場に戻って写真を撮っていると、さくら寮の子どもたちが通っている学校の夜警の男性が寄ってきて、「この向かいの建築資材店も監視カメラが設置されていて、そこに事故の一部始終が写っているはずだよ」と教えてくれた。

翌朝、私たちはその建築資材店の監視カメラのハードディスクに残っていたビデオ映像を見せてもらった。その防犯ビデオにはまさに測ったようにどんピシャのフレーミングで、事故の一部始終が映し出されていた。

それは身震いするほど衝撃的な映像だった。

画像に記録された時計では、事故が起ったのは19時47分43秒。彼女たちの証言どおり、バイクは約20メートル先の三叉路を右折するため、ウインカーを出しながら道路の中央やや左(まだまったく反対車線には侵入していない)を徐行していた。そこに前方から、完全に自分の車線を逸脱して二車線道路の右側をトラックが突っ走ってきた。時速40〜50キロは出ているだろうか。ものすごい衝撃でトラックとバイクは正面衝突し、バイクに積んであった荷物がいくつかの塊に別れて後ろに7メートルほど飛び散リ、路上に叩きつけられているのがわかる。あとで聞いたところではバイクの前籠にはナイトバザールで買った衣類や夜食用のクイッテオが入っていたという。事故現場で飛び散っていたのはこのクイッテオの汁だったのである。

映像を見る限り、なぜこれだけのガチの衝突で、二人がかすり傷程度のケガですんだのか信じられないほどの激しさだった。

衝突から約2秒後、K嬢が路面に尻餅をついたあと、車道の左側に小走りに逃げて最寄りの雑貨商店に走り込む姿、そしてバイクを運転していたプンさんが反対側の路肩に逃げ込む姿が写っていた。タイではこうした事故の後、たとえ安静が必要であろうとも道路の上に倒れたままの状態にしていては絶対にいけない。もう一度同じ車に轢かれたり、前後からきた別の車にはねられてとどめを刺されるといったケースが多いということを二人とも聞き知っているからだった。実際、そのトラックは事故後、少しバックした(勢いをつけるためか?)あと、おもむろにアクセルをふかして逃走している。もしK嬢が道路に倒れたままにしていたら、「轢き直し」をされていたかもしれない。恐ろしい話だ。

衝突の瞬間からの約1、5秒間、二人がどのような角度で宙に舞い、どのような姿勢で着地したのか、監視カメラの映像では暗くてよく検証できない。というか、映像ではK嬢とプンは暗がりのなかで一瞬姿を消し、約2秒後、衝突地点から5メートルほど後方の道路に落下している。

K嬢によれば、衝突した瞬間、「ああ、これで自分は死んだ」と思ったという。あの空白の1、5秒間については、体が一回転したような気がしたという。衝突した車のネッドライトの明かりが弧を描くように視界で一回転したからだという。バイクの後部座席からそのままバック転をしてちょうど360度回転してお尻から着地したという感じだろうか。バイクの前籠に衣類があったこと、K嬢の身体が頑強であったこと、バイクを運転していたプンさんがふくよかな体をしていて、後ろのK嬢の衝突の衝撃を和らげた(つまりエアバッグの役割を果たした)ことと、まるまる一回転してのスーパーE難度での着地が10点満点の出来だったのが、奇跡的な無傷につながったのだろうか。皮下脂肪もたまには役に立つのか。

 その約1、5秒間の奇跡の宙返りの瞬間がまるで神かくしのごとく、ビデオ映像からブラックアウトしていることも不思議だ。

私はこうも考えた。衝突後、ふたりの体はそこに偶然できたブラック・ホールから異次元の世界に迷い込み、1、5秒後にもとの世界に帰ってきた。もしくは私たち全体がもうひとつの世界(パラレルワールド)と入れ替わり、その世界を生きている。向こう側のもうひとつの世界では、彼女たちの葬儀がしめやかに行われている。なんてSF小説の読みすぎだろうか。

それにしても、あの衝撃でコンクリートの路面に放り出され、二人ともお尻すら打撲すらしないなどいう幸運は、科学的に考えても天文学的な確率でしか起こり得ないような気がする。 

IMG_8941_1_R.jpg

 周囲のタイ人は言う。

「彼女たちが無傷だったのは、(さくら寮のような」人のために尽くすボランティアの仕事をして徳を積んでいたことの賜物ですよ」
 
そこまでいくともう信仰の世界であるので、なんともいえない。が、無神論者の私でさえ、この事故の顛末を見てから、もしかしたら神も仏もいるのではないかと思うようになった。それほどこれは不可思議な出来事に思えた。

いずれせよこのビデオ映像は、プンさんの運転にまったく非がなかったことの動かぬ証拠だ。私たちは建築資材店の人の好意でこの映像をコピーさせてもらい、USBメモリーに入れて警察署に向かった。昨夜の警察官もこれを見ると、さすがにうなり、「ありゃー、反対車線を速度も緩めずに走ってきてるな。100%相手の過失だね」と少し申し訳なさそうに言った。

まもなく車は押収され、ひき逃げ犯も捕まった。運転していたのは宴会の帰りで酒に酔っていた塗装業を営む中年男だった。全面的に非を認め、バイクの修理代とけっして多額ではないものの、タイでは相場とされている程度の賠償金をきっちり支払うことで示談となった。

K嬢はその後、PSTDに悩まされてしばらく不眠に悩まされ、ぼんやりとし、ときどきしくしくと泣いていたが、二日ほどで完全復活して、事故から三日後に行われたホコ天での日本人オヤジバンドにもボーカルとして出演し、予定通りの日程で日本に帰っていった。「K嬢不死身伝説」をさくら寮に残して。

そしてなんと、その2週間後には「埼玉で上空4000メートルからスカイダイビングを楽しんできましたよ」なんてメールを送ってきた。

K嬢、あんたいったい何者だー!

IMG_8804 - コピー_R 

IMG_8794 - コピー_R 
IMG_8938_1_R.jpg 
写真はすべて事故後2日目に行われた寮内K嬢送別会より。

 
スポンサーサイト

K嬢の奇跡(前編)

2012/03/04 17:31 ジャンル: Category:さくら寮日誌
TB(0) | CM(0) Edit



その衝撃的な事件の第一報は、3月1日の夜、一本の電話によってもたらされた。

私は自宅でNHKの衛星放送でニュース・ウォッチ9を見ていた。大越キャスターがぼそぼそとした声で井上あさひにシメのコメントをしゃべっていたので、タイ時間で午後8時少し前だったと思う。

電話はスタッフのペンからだった。なんだか声が遠い。早口で何か必死にまくしたてているのだが、周囲の雑音がひどくてよく聞き取れない。彼女の声を遮っていたのは「ピーポーピーポー」というけたたましいサイレンの音だ。「Kちゃんとプンが事故に…。車にはねられた…。今、救急車の中、…病院に…」

 断片的に聞こえてくる彼女の言葉に耳を疑った。プンとはさくらプロジェクトの若い女性スタッフで、Kちゃんとはこれまでに何度もこのコラムで登場した日本人ボランティアのK嬢(21歳)である。まさか。どこで。救急車の中にいるらしいペンにこちらの声はまったく聞こえていないようで、彼女はほとんど一方的に話して一方的に電話を切った。事情はよくわからないが一大事であることは間違いない。とにかく寮へ戻ろうと車を車庫から出したとき、今度はスタッフのラッポンから携帯に電話が入る。K嬢とプンの二人乗りバイクが、ナムラット村の車道でトラックにはねられたのだという。そこは寮からも私の家からも300メートルと離れていないところだ。寮ではなく、そのまま現場に直行することにした。

 事故現場は静かなナムラット村の中にあっては一番賑やかな通りで、つい最近オープンしたばかりのコンビニの近くだった。寮の子どもたちが通う学校の校門とも目と鼻の先だ。夜8時すぎというのに一帯は騒然とし、野次馬による黒山の人だかりができていた。さくら寮生たちも多数集まってきて、心配そうに見ている。

 先に到着していた寮生のMが状況を説明してくれた。

「ここでプン姉さんたちのバイクが、あっちから走ってきたトラックと正面衝突したの。トラックはそのまま逃げたって。二人とももう救急車で運ばれていったわ」

転倒し破損したプンのバイクもすでに警察の車が回収していくところだった。道路中央にはバイクかトラックのものかわからないが、粉ごなになったヘッドライトのガラスが散乱し、暗くてよく見えないが、路面に何かの液体が飛散した跡が点々としていた。思わず目を背けた。

 私とラッポンはすぐに車で病院に駆けつけることにした。
嗚呼、いったい、なんでこんなことに!

K嬢はあと5日でさくら寮での10か月間のボランティアを終えて日本に帰国する予定で、2日後に寮内で盛大なお別れ会を予定していた矢先だった。今日は最後の休暇をとって、仲のいいエコホームの寮母のプンとナイトバザールに食事と買い物に出かけ、その帰りに事故に遭ったようだ。寮に到着する300メートル手前だ。つい1時間ほど前そのプンから私に「今、ナイトバザールにいるんだけど、クアイッテオかなにか、お土産、要る?」と電話があったばかりだ。普段私にあまりかかってこないプンからの電話に、かすだが不吉な予感がしたのも事実だが。虫の知らせだったのだろうか。

病院に着くまでにいろんなことが頭をよぎった。大阪のご両親に連絡しなければ。それからことによっては日本領事館、重傷の場合はイミグレに滞在許可の延長手続き、保険会社への連絡、考えたくもないけれど、最悪の事態になったら…、彼女、宗教はなんだったっけ?

つい昨日まで一緒に仕事をしていたK嬢の10か月間の思い出が、脳裏を駆け巡る。

私が疲れているというと、チェンマイで学校に入って免状まで取得したという古式マッサージをしてくれたK嬢、夜遅く急な仕事を頼むために部屋に電話すると、「すみません、私、もう服を脱いでキャミソールとパンティという姿になっておりますので、すぐには外へ出られないのです」などと、別にそこまで克明に状況を説明しなくてもというようなとぼけた返答で私をなごませてくれたK嬢。その若くて未来もあるK嬢が、よりによってなんでこんなときに事故に遭わなきゃならんのだ。ああ、彼女にもうちょっとやさしくしておけばよかった。

運ばれた公立のタイ福祉病院の救急治療室に駆け込むと、スタッフのペンがいた。

「Kちゃんとプンは?」

ペンが指さした診察室の片隅に、嬢がぽつんと立っていた。

あれ、なんでそこに立ってるの?

K嬢の顔色は青ざめ、表情が失われているが、怪我している様子はない。顔もかすり傷なくきれいで、衣服もいつものままだ。
もしかして幽霊? いや化けて出るのはいくらなんでも早すぎる。本物のK嬢だ。私の顔を見ると少しホッとしたのか、彼女は一瞬微笑もうとしたが、表情がこわばって微笑にもならなかった。ふだんなら「三輪さーん」といって駆け寄ってくるところだが、言葉も出てこない。視線が宙をさまよっている感じだ。

「よかった、無事だったんだ」

K嬢はぼんやり私を見て、うなずいた。少し涙ぐんでいる。

プンのほうはベッドに寝かせられて、お腹が痛い痛いと唸っていた。しかし、K嬢よりやや症状は重そうとはいえ、目立った外傷は少なく、意識もしっかりしている。

二人の話から事故の状況が少しずつわかってきた。二人はちょうど寮に戻るためにナムラット小学校へ入る三叉路を右折する直前で、ウインカーをつけながら、二車線道路の中央やや左側を走っていた。そこに、前方からトラックがかなりのスピード突っ走ってきて、あっという間もなく正面衝突したのだという。相手の車は自分の車線を完全に逸脱して道路の右側を走ってきたのだという。ひどい話だ。

プンは「ごめんなさい、みんなに迷惑をかけてしまって」とつぶやいた。

「心配しなくていい、大事に至らなくて何よりだ。今は何も考えず、安静にしてろ」

K嬢は簡単な問診の結果、入院の必要なしと診断されたが、診察室の椅子に座って、肩を震わせてずっとすすり泣いている。怪我の大きさそのものよりも、事故に遭ったときの恐怖やショックの方が大きいのだろう。

事故当時の目撃者の話では、衝突後、K嬢はすぐに近くの売店に駆け込んで、救急車が到着するまでずっと体を震わせて号泣していたという。また事故を起こしたトラックの運転手は事故後も朦朧とした様子で、明らかな酩酊運転のようだったという。

さっそく警察署に行くことにした。被害の大きさはともかく、大勢の目撃者の眼前でこれだけの事故を起こしておきながら逃亡したトラックの運転手を探し出し、なんとしても事故の原因と経緯を究明しなければ。(続く)


Kの奇跡1 
ふだんのナムラット通り。事故はここで起きた。

DSCF0731s.jpg 

一番乗りしたスタッフが撮影した事故後の現場写真。

プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

カレンダー
02 | 2012/03 | 04
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。