さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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鶏肉だけで1ヶ月

2010/09/01 19:34 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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今年の正月。妻は出産予定日が過ぎてもまだ陣痛が起こらず、やっと4日ほど過ぎて1月6日の未明に陣痛が始まった。

急いで病院に送り、妻はそのまま分娩室に入ったが、医師によればかなりの難産が予想されるという。あまりに眠かったので、彼女の従姉妹にあたる女性にまかせて一度家に戻って一眠りしていたら、まもなく従姉妹から「生まれたよ」と電話がかかってきた。医師はあれからすぐに帝王切開に切り替えたという。それならそうで、お医者さんも従姉妹も叔母さんもひとこと電話ぐらいしてくれれば。まあ、そもそも睡魔に負けて家に帰ってしまった私が悪いのだが。

3600グラムの男児、母子ともに健康ということで、まずはひと安心。こなきじじいのような顔をして眠っているこの赤ん坊が自分の子どもであるという実感がわいてこない。なにか未知の惑星から送り込まれた生物のようだ。

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今年、私より4歳下の50歳の友人(タイ人女性と結婚して二十数年の日本人)が「いやー40の恥かきっ子ですよ」と照れながら6歳になる娘さんを連れてきて、この娘が20歳になるときは俺は64歳、定年が延長できたとしてなんとか大学まで出せるどうかのぎりぎりの線なんですよね」と言っていたが、そうか普通の人々はそういう堅実な逆算をして子作りをするわけかと感心しながら、自分の息子が20になったときの自分の年齢を計算すると、なんと75歳だ。生きてねえ! 今の私の健康状態からしてそこまで生きるのは絶対に無理だ。運よく生きていたとしても、仕事なんてできる体じゃないだろうし、どうやって家族を養っているのだろうか。

などといまさら後悔してもしょうがない。なんとか母と子二人住める住処ぐらいは残してやる父親だろうか。

息子の名前は妻の希望で日本風の名前をつけることにした。インターネットの怪しげな無料姓名判断の結果に従い、「雄司」と名づけた。候補は他にもあったが、重視したのは、タイ人にとっても呼びやすい名前ということだ。日本人にとっては立派な名前でもタイの人には正確に発音できなかったり、発音できても変な意味にとられてしまう名前がある。たとえば私の「タカシ」という名前はタイでは「タカチー」としか発音されないし、「ジュンジ」とか「シュンスケ」なんて名前にいたってはタイ人の舌をもつれさせるだけ。息子の誕生のときまだ存命だった母親からは「大志(たいし)なんてどう?」と勧められたのだが、タイ語では「ターイ、シー」(死ね!)となってしまう恐れがあるので却下した。私の友人は「ヒサオ」という名前だが、タイの男たちから「ヒーサオ」「ヒーサオ」と呼ばれてニタニタされている。(意味については説明をはぶくが)

念のため、妻に「ラフ名とかタイ名とか、つけとかなくていいのか」と聞くと「いらない、日本の名前だけでいいわ」という。え? なんだか妙に殊勝な態度だな。つまり妻は、ラフ族としてのアイデンティティーを捨て、息子を日本文化に親しませ、日本人としての自覚と誇りのもとに、日本人として育てようってつもりなんだな。

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病室に寮生たちが見舞いに

と油断したのが大間違いだった。その後、日本名をつけた意味はいったいなんだったのと問い返したくなるような不可解な行動に妻は突っ走っていくのである。

その最初の兆候。妻は、出産後1ヶ月間、鶏肉以外のものをいっさい口にしなかった。

なんでも、ラフ族の慣習により、産婦は出産後一ヶ月間は鶏肉しか食べてはいけないという決まりになっていて、その教えを忠実に守ったのだった。しかしそれは栄養に人一倍気を使わなければならない出産直後の母親としてはあまりにも不自然で偏った食生活である。

「いくらラフ族の教えだって言ったって、やりすぎだろう」と私が言うと

「ラフ族だけじゃないわよ、アカの人だってリスの人だって、昔からずっとそうしているの」と反駁する。

「それはな」

と私も反撃する。

「昔はどの民族だって貧困のせいで、結婚式や葬式とかの冠婚葬祭でもない限り、日頃は菜っ葉とかかぼちゃとかしか食べることができなかったんだ。肉とか魚、卵なんてのはぜいたく品だから、恒常的に動物性蛋白が不足気味の生活をしてたんだよ。だから産褥婦とか病人とか、特別に体力と栄養をつける必要がある人には「とりあえず鶏肉だけ食わせろ」っていうような極端な教えが流布されたわけ。確かに鶏肉は脂肪もコレステロールも豚肉や牛肉よりは少ないから理にかなってるけど、それは手に入りやすくて栄養価の高い食べものの一例に過ぎないんだって。今の世の中、日常的に豚肉も鶏も卵も食ってんだから、出産後だからって鶏肉だけにこだわる根拠はないんだよ。脂っこいもんじゃなければ、普通にご飯だって魚だって野菜だって海草だって食っていいんだよ。ほら、日本の育児書や、インターネットの子育てサイトにも書いてある。出産直後の母親には低カロリー、高蛋白のバランスの取れた食事をって。鶏肉だけなんてあきらかに偏食だぜ」

「いいの、今までラフ族はそうやって子どもをちゃんと育ててきたんだから」

どれだけ、論理的に説明しても、妻はついに1ヶ月間、鶏肉以外のものを口にすることはなかった。おかげでというべきか、妊娠時56キロまでいった体重はみるみる減ってたちまち45キロぐらいまで落ちた。ダイエットには一役買ったのかもしれないが、もっとバランスのいい食事をしなければ母子ともに健康に育たないし、母乳の味や質にだってかかわってくる。魔よけの札を家の入り口に貼っておくとか、悪霊が頭に入るといけないから帽子をかぶせるとか、そういうレベルならまだ笑って許せるが、こと食事に限っては母子の健康に関わることであるから、一言口を挟みたくなるというものだ。

この一件をはじめとして、妻は子育てに関して、自分の両親や祖父母、親戚の言うことは忠実に守ったが、それ以外の情報については、たとえ、医師のアドバイスであろうとブリタニカ百科事典であろうとネット情報であろうと、なにひとつ耳を傾けようとはしなかった。

妻は小学2年生のときに山を降りて以来15年間、町の学校で学校教育を受けた。一応短大卒業と同程度のポーウォーソー(職業専門学校上級課程)まで出ている。しかし、頭の中はまったく村にいたときのままで、まったく進歩していない。ラフ族の常識こそが世界の常識だと今でも固く信じきっているのである。

西洋医学が万能であるとも思わないし、先祖代々の教えを守り、その知恵を受け継ぐのは決して悪いことではないが、それも度を越して、自分の生まれ育ったコミュニティー以外のアドバイスをまったく受けつけない頭の固さも考えものだとつくづく思う。

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寮生たちも次々と見物にくる
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プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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