さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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サラセミア

2010/08/29 00:16 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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妻が妊娠した頃の話。

市販の検査薬なども試した結果、妊娠の可能性が高いと判断し、妻はまず一人で病院に行った。チェンラーイ市内の某病院である。公立病院ではなく30バーツ医療制度の対象外の私立病院だが、なぜか山岳民族の人たちはよくこの病院を利用する。それほど待たなくてよいし、キリスト教徒には割引制度があるらしい。ちなみに妻は1年に一回ぐらいしか教会に行かないものぐさクリスチャンである。


検査結果がでて、医師から妊娠が告げられ、血液検査室に行く途中だったか、横につき添っていたひとりの看護師が妻の耳元でそっとささやいたという。「あなたね、産みたくなかったら、堕ろすこともできるのよ」

妻は小柄で、しかも一人できていたから、わけありの不良高校生ぐらいに思われたのかもしれない。医師から赤ちゃんの父親はと問われ日本人だと答えるのを横で聞いていたから、行きずりの恋とか、一夜限りの過ちとか、看護師はあらぬ想像力を働かせたのかもしれない。

「それにしても」とその話をあとで聞いた私は思った。面識もないいち看護師にそんな無神経なことを言われなきゃいけないすじあいがあるのか。大きなお世話ではないか。もしも妻が学校も行っていないタイ語がよくわからない山岳民族の女性で、言われたことの意味もよくわからず「はい」なんて応えちゃって、すぐさま手術室に連れて行かれたらどうなるのか。

まあ、実際問題、妊娠しちゃっても誰にも相談できずに一人で病院に来る学生なんかもきっと多いのだろうし、親切心からなのだろうが、それにしても、なんだかなあと思う。

このような病院で出産をしてもいいものかと一抹の不安を感じたが、まあ家から一番近くて、いざというときに私の下手な運転でもいち早く病院にたどりつけるであろうこの病院にお世話になることに決めた。


yuji.jpg 
生後3週間ごろの息子


それよりも心臓が止まりそうになったのは、妻が初めて診察を受けた日の夜のことだった。

担当の女医から携帯に電話が入ったのだ。

「実は、妊婦さんの血液検査の結果、問題が見つかって、すぐに再検査をしたいので、明日、病院にきてほしいの。そのとき必ずご主人も一緒にきてくださいね」

血液検査の結果に問題? この私も検査が必要? それって、もしかして何か深刻な伝染病かなにかに感染しているってことか。

一瞬、目の前が暗くなった。過去に犯した数々の過ちや悪行のことが頭によぎったのだった。仮に私のほうに原因があるとすれば、妻にもとりかえしのつかないことをしてしまったことになる。
私は悲壮な表情で妻に言った。

「な、万一の宣告を受けたら、キミは現実を受け入れる覚悟があるか。そして子どもを生む覚悟があるか」

「大丈夫。どんな宣告だろうと私はすべてを受け入れるわよ。そして子どもが健康に生まれてくる可能性が少しでもあれば、私は産むわよ」

そう答えた妻のあっけらかんとした表情を見て、私は彼女の度量の広さに打たれ、抱きしめ、抱き合ってしばし泣いた。というのは嘘だが、ずいぶん楽天的、というより脳天気な妻の言葉に救われ、腹をくくることができたのは事実ある。

それでも翌日、どんな宣告を受けるのかと緊張で顔面蒼白になりながら病院へ行くと、医師はこうきりだした。

「奥さんの血液検査の結果、サラセミア(タイ語では「タラセミア」と発音)の遺伝子を持っていることがわかりました、β型のサラセミアのマイナー遺伝子です。ご主人もこの遺伝子を持っている場合、生まれてくる子どもにこの病気が発症する可能性があります。そうなると予防や治療の準備をしなければなりませんから、まずはご主人が血液検査を受けてください」

はあ。で、なんなのそのサラセミアだかタラセミアとかいうのは。

実は私はこの病気についてまったく知識がなかったのだが、家に戻ってインターネットなどでいろいろ調べてみると、以下のようなことがわかった。サラセミアは、地中海貧血とも呼ばれ、ヘモグロビン蛋白の異状によって正常な赤血球が作られない病気で、発病すると重度の貧血や秘蔵の腫れ、黄疸、骨髄過形成などの症状が現れるという。もともとは地中海地方に患者が多かったためにこう呼ばれるようになったのだが、実際にはアフリカや東南アジアなど、熱帯地方に偏在する病気である。α型とβ型の二種類があり、アジアに多いのはβ型という。遺伝子のタイプにはホモ接合(メジャー)とヘテロ接合(マイナー)の二つがあり、たとえばともにヘテロ接合遺伝子を持った夫婦から生まれてくる子どもは4人に一人がホモ接合、二人がヘテロ接合、一人が正常な遺伝子を受け継いで生まれてくる。中学時代に習ったメンデルの遺伝の法則ですね。

ヘテロ接合の遺伝子をもった人は、感染症にたとえるならば「無症状キャリア」のようなもので、健常者とまったく変わりなく、一生普通に生活を送ることができる。注意しなければならないのがホモ接合(メジャー)の遺伝子を受け継いだ人で、幼い頃から発育障害などさまざまな症状が表れ、有効な治療を施さないと多くが思春期ないし成人するまでに亡くなってしまうことが多いという。

一方、夫婦のうち片方がヘテロ接合遺伝子保持者で片方が健常者の場合、生まれてくる子どものうち半分がヘテロ接合遺伝子を受け継ぎ、半分は健常者としして生まれてくるが、いずれの子どもも発症する心配はないとのことだ、検査の結果、私はこの遺伝子をもっていなかった(日本人には稀で1000人に一人ぐらいの確率だそうだ)のでこのケースにあたり、まずはひと安心だったのだが、妻は自分の体が小さく、手足もちょっと短いのはこの病気のせいなのではといらぬ心配をはじめた。

調べてみるとこのサラセミア遺伝子の保持者は、タイ北部では20~25%にもおよぶ。つまり5人に1人から4人に1人はこの遺伝子をもっている計算で、ある意味ではありふれた遺伝子とはいえ、当然この遺伝子をもった者同士の結婚、出産の確率も高く、実はなかなか深刻な状況にあるらしい。そのためタイの病院では妊婦は必ずこの検査を受けるのだそうだ。

さらに興味深いことに、この遺伝子の保持者はなぜか統計的にマラリアに感染しにくいという研究報告があることがわかった。これを読んで私は膝を打った。なぜこの遺伝子の保持者が熱帯地方に多いのか。この遺伝子を受け継ぐことで、貧血のリスクと引き換えに彼らはマラリアに打ち克って生き延びてきたのだ。山岳民族の人々もマラリアと格闘しながら、この遺伝子によって山岳地帯での過酷な生活をサバイバルしてきたのかもしれない。

生物界においては、突然変異などで出現した一見生存には適さないと思われるような形質が、ある局面においては健常者に比べ格段に有利で優秀な形質として働くということはよくあることである。

近頃は地球温暖化のせいか、マラリア蚊の生息限界地域は年々北上し、拡大している。日本にも上陸間近らしい。近い将来、人類はもしかしたらマラリアで滅びるのではないかとさえ言われている。そうなったとき生き残るのは、このサラセミア遺伝子を持った人々ではないか。なんて。

息子がもしサラセミアの遺伝子をもって生まれてきたら、それを武器にして山の中で生き延びてほしいものであると思った。

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プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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