さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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それぞれの生き方

2010/02/23 23:40 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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さくら寮を巣立っていった子どもたちは、開寮以来19年間で300名を超える。今や100を越える村にさくら寮のOBたちが住んでいる。中学卒の子もいれば、高校、大学を卒業した子もいる。中学中退、いや小学校中退の子もいる。

 先日の旧暦の正月の時期はラフ族やリス族の村でも新年祭でにぎわい、私もスタッフや生徒たちと祭りのはしごしをしてまわったが、どこの村でも温かく出迎えてくれるのはかつての寮生たちだった。もつべきは教え子である。「隆兄さんは山のお茶が大好きだったわね。父が入れたお茶を飲んでいって」「私が料理を作るから、うちでご飯を食べていきなさいよ」「今夜はうちに泊まっていいわよ」「もしまだ結婚してないのなら、素敵な子紹介してあげるから」などと、あれこれ世話をしてくれる。

 そんなおり、寮生たちのその後の人生の光や影を垣間見て、ときにせつなく、複雑な思いを抱くこともある。

リス族のH村で声をかけてきてくれたSとRは27歳と25歳の姉妹。髪を茶色に染めてはいるが、すっかり見違えるほど大人びて美しくなっていた。さくら寮にいたときは、シャイで目立たない、どちらかといえばどんくさい感じのする二人だったが、ファッションも垢抜け、表情もすっかり明るくなり、口も滑らかである。

中学生時代、彼女たちは生活態度がまじめな模範生だったので、高校、大学まで支援しようと思っていたのだが、中学を卒業した学期休みの間に、私たちに何も告げることなく町に働きに出てしまった。


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チェンマイやバンコク、さまざまなところでさまざまな仕事をしたが、今はプーケット市内で働いているという。今回は旧正月の祭りにあわせて10日間の休みをとって帰省しているのだ。

妹のほうは一度若くして結婚して一児をもうけたあと離婚、姉もかつて恋人はいたが、今は独身だという。山の女性は家庭をもって生活に追われると20代後半でもまるで40代ではないかと思えるほどふけこんでしまっている女性も多いが、彼女たちは若々しさを保っていた。

 姉妹は力をあわせて一生懸命働いて、昨年、両親のために20万バーツかけて山の村の家を改築した。彼女たちが寮生だった頃よく泊めてもらった茅葺きに竹壁、土間式の家はもうなく、その場所に大きくはないがモルタル壁にリス族の好きな空色のペンキを塗ったブロック壁、スレート葺きの平屋が建っていた。

 レストランで働いているというが、実のところ彼女たちの職業は「モー・ヌアド」つまり古式マッサージ師である。もちろんマッサージ師という職業は世の中になくてはならない大事な仕事である。しかし、タイにはまじめなマッサージ店もあるけれども、なかには性的なサービスを奨励したり、同伴連れ出しを許可してマージンを稼ぐ店もある。だからマッサージ店で働いているというだけで村の中でも眉をひそめたり後ろ指をさす人がいることも事実だ。だから村では、SとRの表向きの職業はレストランのウェイトレスということになっている。まあ、カラオケ・バーにしてもレストランにしても怪しげなところはたくさんあるのだが(まじめなカラオケ・バーというのがタイにあるのかどうかは知らない)。

「本当はもっと勉強を続けたかったけれど」という言葉とは裏腹に、彼女たちは自分の現在の境遇にそれほど後悔の念や不満を抱いているようには見えない。それは自信に満ちた彼女たちの表情や言動がものがたっている。もう少しがんばって学歴を積んで、教師になるとか看護士になるとか、村の男と結婚して生姜やトマトを作るとか、他にも人生の選択肢はいろいろあっただろうけれど、父親が障害者で生活が極度に瀕し、成績もさほどぱっとしなかった彼女たちにとっては、きっとあの時点ではあの選択こそが親孝行をする最善の策だったのだろうと思う。

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この村にはプーケット島でマッサージ師として働いている女性が約10人おり、チェンマイやバンコクで働いている子も含めればこの村出身のマッサージ師は30人を超える。姉妹の家の隣の若い女性は、「友人以上恋人未満」という南タイの男を同伴して里帰りしていた。村にはマッサージの仕事を通じて知り合った日本人や西洋人と結婚している女性も何人かいる。

「村のリスの男の人でいい人はいないの?」

「アル中に賭博好きばかり、村に結婚に値する男なんていないわ」と彼女たちははき捨てるように答える。

「もし、今の仕事をやめることになったら、さくらで働いてみるかい?」

私がRに半分本気、半分冗談で尋ねると、彼女は「ええ、私のようなのでも採用してくれるのなら喜んで働くわよ」と微笑んだ。

しかし、実際には彼女はさくらに応募に来ることはないだろう。現にさくらの給料の何倍ものお金を稼いでいるのだ。
他の村で再会したモン族のMは、以前さくらプロジェクトのスタッフをしていたこともあるが、現在はバンコクの有名ゴルフ場でキャディーとして働いている。「日本人客からの一日のチップだけで、さくら寮の1か月分の給料と同じぐらいになる日もあるのよ」と言っていた。

現さくらのスタッフの女性たちの何名かも、ちゃんと大学まで出ているにもかかわらず、「もしさくらをやめたらホテルつきのマッサージ師になって、客の日本人かファランのいい男を捕まえて結婚したいわ」などと本気で言っている。

お金の魔力には誰も抗うことができない。

でもまあ、とりあえずみんな、たくましく生き抜いていってくれ。

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写真1:近頃のリスの娘たち。リスでは茶髪ブーム。
写真2:正月祭りで踊る近頃のラフの娘たち。
写真3:さくら寮卒業生のオロタイさん。大学を出て現在、リゾートホテル勤務。
写真4:リス族の正月祭りの踊り。
(写真はすべて本文とは直接関係がありません)
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プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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