さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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現代若者宿考

2010/01/10 22:45 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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ラフ族のお祭り

新年そうそう、さくらエコホームでまたしても退寮者が出てしまった。しかも一挙に4人、全員がラフ族の中学生女子である 。エコホームとはさくらプロジェクトの運営する寮のひとつで、さくら寮から20キロほど離れたルアミット村というところにある寮生20名あまりの小さな寄宿舎である。

ことの起こりは年末年始に行われたN村でのラフ族の正月祭り。通常、ラフ・ニ族の祭りは中国正月の時期(今年は2月14日から)に行われるのだが、なぜかN村だけは毎年12月31日から1月7日ぐらいまで、西暦のカレンダーに則って行われる。この時期、他で祭りはやっていないものだから、近隣のラフの村から若者たちがヤミハ(若い娘さんのこと)を求めて大挙して集まってくる。花一輪に蝶100匹という感じである。血の気の多い年頃、女の奪い合いで祭りそっちのけで殴り合いのけんかになることもある。だから祭りの会場はけっこうぶっそうなのである。

4名の寮生がチョハ(若い青年のこと)を求めてかどうかはさだかではないが、この祭りに遊びに出かけたのは1月4日のことだった。すでにタイでは1月4日から学校の授業は始まっているので、寮は当然夜間外出禁止。ところが4名は、深夜10時過ぎに寮の塀を乗り越えて脱出し、外で待機していたアッシー君たちのバイクにまたがって20キロ離れたN村に向かい、どこかで一夜を過ごしたあげく、午前様どころか翌日の夕方になってしれっとした顔で寮に帰ってきたのである。もうスタッフはカンカン。

ちなみにこの4名はこれまでに何度も無断外泊、無断帰宅などを繰り返して警告を受けており、あと一枚でレッドカードに変わるという、イエロー・カードが累積した状態だった。今度規則を破ったら一発退寮である。

全員、徳俵いっぱいという自分の置かれた立場を自覚していたはずだから、今度やっちまえばどういう結果が待ち受けているかはわかりきっていたのに、いったい何を考えての行動なのか。どうせいずれ退寮になるんだからいいやと開き直っての確信犯なのか。それとも今度だけは運よく見つからないと思ったのか。はたまたそんな後先のことは一切考えずに、生物としての本能のおもむくままに欲望の一本道を突っ走ったのか。どうも最後の本能説が濃厚である。ただでさえムラムラきやすい年頃、よくもあしくも野生児たちである。自制心などというものを期待するのがむずかしい。


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ラフ族の正月祭り

さっそく4人の保護者が呼ばれ、処遇について話し合われた。プロジェクト側の通告は「退寮」である。これまで温情に温情を重ねてきたが、今度ばかりは堪忍袋の緒が切れたというのがスタッフ全員の本音である。

こういう場面では保護者も当人も、「もう二度と寮の規則を破ったりしませんから、今回だけは寛大な処分をお願いします」と涙ながらに懇願し、それに対してプロジェクト側も条件付で処分を保留するというのがひとつのパターンになっていたのだが、今回はそうならなかった。

4人はあっさりと「寮を出る」と言い出したのだ。寮を出てどうするかというと、学校の近くにアパートを借りて友人と共同生活しながら今までどおり学校に通学するというのである。横で聞いていた親たちは「どこにそんな金があると思ってんだ。さくら寮にいるから経費がかからずに勉強させることができるってのに」とわが子を罵り、取り乱す。しかし、結局は親も子どもには甘い。寮を追い出された子どもに請われるままに、無理をしても仕送りをすることにケースも多い。


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さくら寮のラフ族の女の子たち。寮の車で村に遊びにきた。




ひと昔まで、山の子どもたち学校に通うということは、タイ政府やNGO支援団体などの運営する寮に入って町の学校で勉学するか、さもなくば山の学校で勉学するかの二者択一しかなかった。保護者たちには子どもにアパートを借りてやって毎月数千バーツもの生活費を仕送りするような経済的余裕はないから、さくら寮のように寮費が1年2000バーツほどですむNGO支援の寮に受け入れられなければ、町の学校に通うことなどかなわぬ夢だったわけだ。素行が悪くてその寮を追い出されたら、村に帰るか、学校をやめて働きに出るかしかない。だから子どもたちもまじめに勉強した。

ところが今では選択肢がは広がった。生活に余裕が出てきた家庭の子どもは援助団体の寄宿舎に入らなくても、民間のアパートを借りて生活ができるようになった。子どもにしてみれば、寮費が安くても携帯使用禁止、テレビの視聴時間制限あり、夜間外出禁止といった規則に縛られた寄宿舎の生活よりも貸家暮らしのほうがずっと自由で気楽である。
実をいうとここ数年、さくら寮やエコホームの周辺にはこうして寮を追い出されたり、自分から飛び出した子どもたちが部屋を借りて生活しながら学校に通う事例が増えてきている。

当然ながら監督者もなく何も規制がないので、女の子たちの部屋には夜ごと若い男の子たちが集まってきて、飲めや歌えやの宴会とまではいかずとも、テレビやビデオを見たり、バイクで遊びに出かけたり、ときにはニャンニャンしたり(死語か)といった展開にもなる。

かつて、アカ族にも村の広場に「若者宿」のようなものがあって、夜になると若い男女が集って、恋を語り合った。このアパート暮らしの子どもたちの生態は、現代に蘇った若者宿の変形ということになるのかもしれない。ただ、かつての若者宿がつらい畑仕事から戻ってきた勤労青年たちのつかのまの楽しみだったのに対して、現代のそれは親のすねをかじって中学校に通いながらのものである。

山の人々の生活も豊かになって、子どもの勉学のスタイルの選択肢が増えたのはよいことかもしれない。が、こういった現代の若者宿が非行の温床になりがちなのも事実だ。。まじめに品行方正に勉強していた寮生たちがこのような若者宿グループの甘い誘惑に負けて、また寮則をやぶり、結局追い出されてアパート暮らしの仲間入りをするという悪循環が起こり始めている。頭の痛いところである。

結局、件の4人のうち二人がアパート暮らしで勉学を続け、二人は親に連れられて村に帰った。

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 こちらはリス族の正月祭り。やはり女の子の争奪戦が激しい。
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プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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