さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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J村のサプライズ

2009/09/10 20:00 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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こんなこともありえるのかと驚くような、 キツネにつままれたような出来事が起こった。今回はさくら寮の話ではない。

8月のなかばから、東京・芝浦工業大学建築学科の学生7名がチェンラーイに滞在していた。芝浦工大の畑研究室には19年前にさくらプロジェクトが発足した当時から事務局をやっていただいており、私たち現地スタッフはそこの学生が調査でタイにきたときにフィールドワークのお手伝いをするという相互扶助的な関係にあった。今回はその畑研究室のOBで今年から芝浦工大准教授として着任した清水郁郎先生の学生さんたちがはじめてタイの山地民族の集落調査に訪れたのだ。

今年の集落調査のフィールドはラフ族のJ村である。さくらプロジェクトとして16年前から、寮生の受け入れのみならず、村の小学校の校舎を建設したり、教員を派遣したりとあれこれ支援を続けている村だが、長年支援しているわりに、村人の自立や発展への意識や自覚が希薄な、ちょっとトホホな村である。これまで何人もの生徒がさくら寮に入ってきたが多くが寮を中退し、早期に結婚して子どもをポンポン作ったあとで生活が破綻し、今度は息子や娘を寮に入れてほしいと懇願にくるといった、貧困のスパイラルが二代にわたって続いているというような状況だ。

それはともかく、7名の学生たちはJ村の民家にホームステイしながら、50世帯以上ある村のすべての家屋の寸法から間取り、家の内外に置かれている設備、家具、道具すべてを巻尺を使って実測して図面に起こし、家族構成や親戚関係などもすべて聞き取り記録にとるという気の遠くなるような作業を黙々と行っていた。炎天下の中、熱射病で倒れそうになりながら、10日かけて終了する予定だった。

調査を始めて3日目の午後、異変が起こった。女子学生A子さんの財布がなくなっているのに気づいたのだ。財布には彼女が今回の海外調査のためにアルバイトをして貯めてきた虎の子の約5万円(正確には日本円3万3千円と4500バーツほどのタイのお金)、それに運転免許証、クレジットカード、学生証などが入っていた。A子さんは途方にくれていた。最後に財布の所在を確認したのが前日の朝のため、いつ、どこで紛失したのか彼女にも確信がもてなかったのだが、思いあたるふしとして、実測調査中に、財布の入ったウエストポーチを民家の玄関前に置いたまま作業をしていたことがあり、このときに誰かに抜き去られた可能性も否定できないという。


紛失したお金の額が額だけに、私たちは村長にすぐさま報告し、相談した。

30代の若い村長R氏は、さっそく村内の拡声器を使って放送してくれた。「学生さんの財布を見つけた人はすみやかに○○さん(学生たちが宿泊していたホストファミリーの名前)の家まで届けるように」

予想外にも事態は急速に進展した。翌朝まだ薄暗い頃、宿泊していた民家の玄関先に、Aさんの財布がぽつんと置かれていたのだ。中身を調べると、クレジットカードや学生証などがそのまま入っていた。ただ現金は20バーツ札一枚をのぞいてなくなっていた。

「帰りの交通費に20バーツ残してくれるなんてちょっとはナムチャイ(思いやり)のある泥棒ですなあ」と私たちは冗談とも本気ともなく話した。夜のうちに空の財布を置いておくのは、盗んだにせよ、拾ったにせよ、中身を抜いたやましさがあってこそだろう。でも、大事な身分証やカードをちゃんと返してくれるあたり、多少の罪悪感は感じていて、まったくの悪人というわけでもなさそう。とはいえ、現金はもう帰ってこないだろうと私たち日本人一同は半ばあきらめていた。

しかし誠実そうな村長は「このままお金が戻ってこなかったら、村の恥です。J村は泥棒の村として日本のみなさんの記憶に刻まれます。村の沽券にかけても、断固として犯人を見つけて、全額返還させなければなりません。それとも警察に届けますか。あなた方しだいですが」

「いやいや、海外旅行の鉄則を守らず貴重品をほっぽらしておいた学生のほうも不注意だったのだから、まあ、そこまでは。カード類が返ってきただけでもよしとせねばなりません」

「犯人が名乗り出ることができなくても、お金は返されるべきです。ひとつ方法があります」

村長が提案した。

「村の中の小川のほとりにある大木の幹に、袋をぶら下げれておくんです。で、お金を盗った人は、夜の間にでもいいからそこにお金を入れておく」

「そんなあ、財布を空っぽにして届けたやつが、わざわざもう一度、人に見つかるリスクを犯してまで、木に登ってお金を入れたりしますかいな」

私は村長のそのアイデアを鼻で笑った。お金はもう戻ってこないよ。

ところがまたしても、翌朝、木に吊り下げられたその袋の中に現金が入れられていたのである。(よくも二次被害にあわなかったものだ) 1万円札が2枚と千円札が2枚。2万2千円も返ってきた。一夜明けて犯人(?)は反省したのか? それとも村長の拡声器を使っての脅し、いや説得が功を奏したのか。村長はどんな言葉で村人を脅したのか、いや犯人の良心の呵責を促したのか。謎だった。

私もこの村との付き合いは長いので、村の中に何人か手癖の悪いのがいるのは知っているが、こういうかたちでお金が戻ってくるというのは初めての経験だ。

「なくなった額には少し足りないけど、もうこれだけお金が返ってくれば十分だと思います。あとのお金はたぶんもう使ってしまったのでしょう」私は村長に言った。

「いやいや、残りのお金もまだこの村の中にあると私は信じています」

「えっ?」

 村長はやけに自信たっぷりだった。まるで誰が犯人の心理や行動を熟知しているかのような口ぶりだった。 もしかして村長は犯人を知っているのか。

「明日村民会議を開きましょう」村長は言った。

6日目、村人全員を集めて、緊急集会が行われた。学生、そして私たちさくらのスタッフも同席した。私と村長が事情を説明し、この件にどう対処していくか村人に意見を求めた。

集まってきた100人もの村人たちは口々に意見をした。

「シャーマンに占ってもらえば犯人がわかるんじゃないか」

「盗んだやつは罰が当たって必ず死ぬじゃろう」

「このままですませたら霊のたたりがあるぞ」

予言目めいた恐ろしいことを言う者まで出てきた。実際山地民の間でも、熱湯に指を入れ、やけどをした者が犯人だと裁く儀礼がある民族もある。

「では、こうしよう」

ある村の幹部が提案した。すでに氷などを入れるプラスティックの保温箱のようなものが用意されていた。

「みなひとりづつ、なんでもいいからバナナの葉っぱに包んでこの箱に投函する。お金を取った人は、誰にも知られないようにその中にとったお金を入れておく。身に覚えのない人は何もいれなくていい」

「そうだ、そうだ、それがいい」

 村人たちは合意し、とりあえず解散しておのおのの家に戻った。村の役員がこの保温箱をもって一軒一軒をまわり、バナナの葉や木の葉を折りたたんで紐で結んだチマキ状のものを入れさせた。こういった方法は過去にもとられたことがあるのだろうか。妙に手際がいい。

 ふたたび村の集会所に人々が集まり、村人たちが見守るなか、葉っぱの包みがひとつひとつ開封されていく。こんなことして本当にお金が戻ってくるのかよー、と私はまたしてもタカをくくっていた。ところがである!

20個ほどの包みが開けられた頃、ひときわ小さな葉っぱの包みが箱からつまみあげられた。まわりにいた誰かが「出るぞ」と小さく叫んだ。

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集められたチマキ状の包みの山。中から餅が出てきそう。  
 

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村人全員が見つめる中で1個1個開封作業

 もうひとりの誰かが「うん、これだ」とつぶやいた。他の人々も頷いている。まだ包みが開封される前だった。

息を呑んだ。その包みが開けられると、なんとそこから折りたたまれたお札が出てきた。1万円札1枚と千円札1枚、それに2500バーツ。私はその瞬間を、なにか手品を見せられているような、魔法にかけられたような気持ちであんぐりと口をあけたまま眺めていた。呪術的な、超越的な、奇妙な集団幻視を見たのではないかという思いが残った。それは本当に不思議な体験だった。

 これで前日の2万2千円とあわせて計3万3千円と2500バーツ。足りないのはタイのお金で2000バーツほどだけ。これはさすがにもう使ってしまったのだろう。日本円のほうは完璧に戻ってきたことになる。

盗みや麻薬、不倫に夫婦喧嘩、トラブルの多いJ村であるが、まだまだ住民の心は完全には腐っていないのだろうなと思った。それとも霊のたたりがよほど怖かったのだろうか。一方で、少しづつちびちびと返すのがいかにもラフ族の性格らしいとも思った。盗人に対して微笑ましいという表現は不適切だけども。 

  

2009_0902naruemon0051_R.jpg 
開封作業をする村の役員たち。 まるで手品のようにお札が・・・。
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出てきたお札。もちろん本物。

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村長から学生に「返還の儀礼」。
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プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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