さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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新作ドラマ完成

2008/07/28 18:40 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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  今回の主演、ウィロート君とメーさん。


 先日、寮生たちが自主製作のドラマを撮影した。構想1年、撮影約1か月、75分の大作である。

ドラマ作りといっても、特に予算があるわけではない。今はそうでもないけれど、今から20年ほど前まで「ビデオカメラおたく」(ホームユースではあるけれども10台以上買い替えた)であった私が、撮影に必要な機材をひととおり持っているということと、スタッフ、役者はすべて寮生でまかない、ロケ地は寮や学校の中、それにチェンラーイ市内の公園や友人宅など無料で使用できる場所、衣装はすべて自前もしくは日本から送られてきた古着の中からそれらしいものを選ぶといった超低予算での製作で、必要経費は車のガソリン代とビデオテープ代ぐらいのものである。

今回の言い出しっぺで監督を買って出たのは、スタッフで寮内の演劇クラブの顧問をしているカンポン・チャオワタナーサクン君。助監督は日本語も少しできる専門学校生のラダー・アタポンプーシットさん(モン族)。主演は高校1年のメー・センヌワンさん(タイルー族 )と大学生のウィロート・セイヤーン君(モン族)である。

さくら寮の子供たちがドラマを作るのは、7年前に撮った『ラック・タン・オンサー(温度差の愛)』以来のことである。あのときはナロンチャイ君という高校生の男子が監督・脚本をやり、私は撮影と編集を担当した。その作品は、チェンラーイに住むタイ人の上流家庭が舞台で、長男と二男の長きにわたる確執とその二人をめぐる恋の物語だった。

7年前と比べて時代の変遷を感じるのは、ビデオカメラがDVからHDV(ハイビジョン方式)に変わったこと、編集用機材がテープ対テープのリニア編集からパソコンによるノンリニア編集に変わったことである。

今回のドラマ『パラン・ヘン・ラック(Power of Love)』は、父親を交通事故で失った少女と、最愛の母親が不治の病に倒れた少年という、それぞれの家庭に大きな困難を抱えた男女が、入学したばかりの大学のキャンパスで運命的に出会い、誠実な愛を育てていくという、タイではありがちな青春ものである。目を覆いたくなるほどのストーリーの陳腐ささ台本の拙さは、子供たちの作品なのでしかたがないとしても、その発想の中に彼らが日々憧れていることや、世界観、価値観がいろいろ反映されていて、これはこれで興味深い。

drama 1 
珍しそうにビデオカメラをのぞきこむ新入生のワーサナーさん。

以下、子供たちのドラマに見られる顕著な特徴。

まず、1時間ちょっとの単発モノというのに、やたらに描かれる時代のスパンが長く、大河ドラマ仕立てになっていることである。「何ヵ月後・・」「何年後・・・」というタイトルがたびたび入り、二人が老人になったときの回想までついている。大学時代、不条理演劇とかアンチ・ロマンの文学で「物語の終焉」を叩き込まれた私としては、こういうあまりにドラマドラマしたものは「なんだかなあ」といった感じである。

ドラマの舞台設定は瀟洒な一戸建ての家によく手入れされた庭、乗用車をもったバンコクの上流の家庭である。どこをどう写してもズームアウトすると山や田んぼが写りこんでしまうチェンラーイのようなド田舎でロケしている(撮影中に牛や鶏の鳴き声が聞こえてきて何度もNGになった)のに無理すんなと言いたくなるのだが、このあたり、子供たちがふだん見ているテレビ・ドラマの影響をもろに受けている。日ごろからバンコク人およびバンコク的な文化にあこがれていることの証明である。電話や携帯電話を使うシーンがやたら頻繁に出てくる。このドラマでは10回以上登場する。これもタイのドラマ全般の特徴である。

それから、悪役と善役がはっきりとわかりやすく描かれている。サスペンスものでもないのに1時間のドラマの中で、人が3人も死ぬ。殺人1件、交通事故一件、ガンによる病死一件である。人が死なないと物語が進展しないかのようだ。

やたらセリフが多く、長い。演技の訓練をしていないから棒読みなのはしかたがないが、そこまで言葉でベタベタに説明しなくても、映像と編集の技でいくらでも説得する方法があろうに。(このあたりは基本的に演劇と映画の表現方法の区別がわかっていない感じ)


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ホワイトボード製のカチンコをもつノンヌットさん

これは役者をすべて子供たち自身で賄っているのでやむを得ないのだが、無理にへたくそなメイクで40歳のおばさんや70歳の老人にさせたりするので、どう見ても不自然で学芸会の演劇っぽくなってしまう。

今回は脚本から撮影にいたるまで、ほとんど子供たちの自主性にゆだね、私は技術的なアドバイスと編集作業に徹した。内容に注文をつけさせてもらうとしたら、単なるラブロマンスではなく、山岳民族やそれを取りまく社会の問題を提起するようなテーマで作ってほしかった。自分たちの現実の問題を素材にしてほしかったのだ。(いや、みな、恋愛こそが現実の問題なのだといわれそうだ)

 もし私自身がさくら寮という場所やさくら寮生を使ってドラマを撮るとしたら、舞台は間違いなく奥深い山地民の村か、もしくは山地民の物語である。ロケ地も出演者も、素材の味をそのまま生かせるからである。山の17歳の少女は山の17歳の少女としてキャスティングするのが一番自然でリアリティーを感じさせるはずだ。しかし、寮生たちは間違ってもそんなドラマは作ろうとはしないだろう。「そんなの作って何が楽しいんですか」と、一蹴されそうだ。自分たちの生活そのまんまじゃ、単なるドキュメンタリーになってしまうし、つまらないからだ。このあたりからして、もう私と子供たちの距離は開いている。

子供たちはドキュメンタリーなどにさらさら興味はない。今さら山地民の役などやりたくないのだ。バンコクの上流家庭の令状や、大富豪の御曹司や、有能な医者になってみたいのだ。それは、自分以外のものになってみたい、現在の自分の状況を抜け出したいという、変身願望でもあるかもしれない。

それから、前回のドラマでも兄がアメリカ留学から帰ってくるという設定があったが、今回も主人公の母親が治療の困難なガンにかかって、アメリカに最新治療を受けに行くというくだりがある。(かれらにとって先進国としての外国は、残念ながら日本でなく、アメリカのようである)

いろいろ文句はつけてみたが、初めてのドラマ作りにしては子供たちの演技カンや小道具、メイクの手際のよさには感心させられた。それに、日ごろ漫然とテレビやVCDを見て受動的な娯楽、情報ばかりに浸っている子供たちにとっては、出来栄えはともなくも、こうしたクリエイティブな活動に挑戦してみるのはよいことである。

第2弾を作るのが楽しみだ。次は私が監督をやろうかな。



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 女生徒たちはディスコ・シーンではノリノリだった

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プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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