さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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野豚

2008/03/28 18:15 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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 3月下旬はいつもさくら寮の来年度の新入寮生選抜の時期で、今年も3月21日から23日かけて、合宿制の入寮選抜審査会が行われ、約30名の応募者が試験や面接を受けた。そのあと、スタッフは受験生たちの村をまわって、家庭の経済状態などを調査し、最終的に10名ほどの新入寮生を決定する。

その調査のためにチェンセーン郡の山の中にあるヤオ族の村に立ち寄ったとき、村の豚小屋にムー・パー(野生の豚)の子供が飼われていたのを見た。山で捕まえてきたものだという。

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これは普通の家畜の黒豚

タイのムー・パーというのが、家畜として飼われる前の原種の豚(日本ではこれをイノシシと呼ぶそうだ)のことなのか、それとも飼われていたブタが逃げて野生化したものなのかよくわからない。ブタとイノシシが種として動物分類学上、どのように違うのか、浅学の私にはわからない。そもそも、こちらの家畜豚は黒くてイノシシのように鼻も長いし、野生豚のほうも日本のイノシシほどいかつい容貌ではなく、家畜豚をちょっと毛深くしたような感じで、見た目には双方あまり変わらない。しかし、野生豚の牙は鋭く、性質は思いのほか獰猛らしい。

 私が檻越しに「かわいいねえ」と野生豚の頭をなでようとしたら、飼い主から「噛みつかれないように気をつけなよ」と注意された。

 それから数日後、寮生のペン、ナチティ、ラダーらとさくら寮の台所で世間話をしていたときのこと。モン族のラダーが怖い話を始めた。

 彼女がパヤメンライ郡にあるメーパオ村の実家に帰った日のことだった。家に着いた日の午後、ショッキングなニュースが村の内外を駆け巡った。ちょうど村の1キロほど手前、チェンラーイから村への帰り道の途上にある道路脇の畑の一角で、モン族の男性3人が野生豚に襲われて瀕死の重傷を負ったというのだ。

目撃者の話によれば、それは牛ほどもある巨大な野豚で、森のほうから猛スピードで(文字通り猪突猛進というやつか)駆けてきて、畑で仕事をしていた村人を次々と襲ったのだという。一人は眼球が飛び出し、顔面がぐちゃぐちゃになるほどに、一人は腹を噛まれて内臓が飛び出すほどの重症を負い、一人はお尻から足にかけて噛まれて骨が飛び出すほどだったという。全員が病院に担ぎこまれ、一命を取りとめたという。

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敬礼! ラフ族の村で

やがて地元の警察官たちも大挙駆けつけて大捕りものとなった。ふだんは村人の猟銃の所持を厳しく取り締まっている警察官も、この日ばかりはかなりびびっていて、無届の猟銃を村人が持ち出してきてもお咎めなしどころか大歓迎の様子で、野生ブタ銃殺に一致協力を要請した。

 通常、野生豚はおとなしくて、人に危害を加えないといわれている。が、猟師に銃で撃たれて傷を負っていたり、威嚇されたりすると、興奮してか、あるいは人間への復讐のためか、人里に降りてきて人を襲うという。

「ちょうど私がさくら寮から帰った日の出来事だったから、ひとつ間違ったら私も襲われたかもしれないです」

 ラダーは青ざめた表情で話した。

 結局、野生豚は村人たちに追い詰められ、射止められた。肉は村人みなで分け合って食べたという。しかし、なかには「人の肉を食ったブタなんて食べられないと」という人もいたらしい。

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しとめられた野豚の頭

 そんな話をしていたら、横でそれまで黙って聞いていた大学4年生のペンが口を開いた。

「実は私の3歳年上の兄も、昔、野豚に噛まれて死んだのです」

「えーっ」と、一同驚きの声をあげた。

 ペンはさくら寮に10年以上在籍するが、そんな話をするのははじめてだったからである。ペンはメースアイ郡の出身のラフ族である。

「あれは私が小学4年生のときでした。やはり、村人が森で銃で撃ちそこねた手負いの野豚が村の中に突進してきて、暴れていたのです。そして、豚を捕まえようと鉈をもって家から飛び出してきた兄を襲ったのです。兄は腰や足をかまれて、出血多量で亡くなりました。病院に到着する前に息絶えていました。

 一回目にかまれたあと、兄がそのまま死んだふりをしてうつぶせになっていたら助かっていたかもしれないけれど、立ち上がって鉈で豚と対決しようとしたのです。でも兄が死ななかったら、たぶん母が死んでいたでしょう。母も近くにいましたから。」

野生ブタが人を襲うという話は本当にあるのだなあと思った。

10年以上前の話だが、ナーン県のムラブリ族の働く畑の出作り小屋に一泊したとき、100メートルほど先の丘の頂上に、沈む夕陽を背に受けてシルエットとなった巨大な野生ブタを見たことがある。体調2メートルはあっただろうか。逃げる様子も見せず、こちらの様子をじっと伺うように堂々とたたずんでいた。そのときは、「孤独な勇者」といったかっこいいイメージしか思い浮かばなかったが、もしかしたら私たちを狙っていたのかもしれないと思うと、いまさらながら冷や汗が出てくる。

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入寮試験風景

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入寮試験では自己紹介、アピールの審査もある。

 

 

 

 

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入試戦線異状あり

2008/03/23 18:07 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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 卒業、そして進級、進学のシーズンである。

 さくら寮では今年、中学、高校、専門学校、大学などあわせて36名の寮生がそれぞれの学校を卒業した。このうち寮に残って進学するのは約半分で、残り半分は就職したり、村に帰ったり、寮を出て自力での勉学継続の道を切り開く。

さて、ひとくちに卒業というが、大変なことである。以前にも書いたように、山地民の少女たちには、「15歳の壁」がある。村にいればたいてい15、6歳で結婚してしまうのだ。恋愛活動のスタートはもっと早い。

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寮内の「卒業生を送る会」で涙のスピーチをする卒寮生。

さくら寮の女の子たちだって、男がほっておかない。寮の門を一歩出れば、次の曲がり角の向こうで、買ったばかりのバイクを村から転がしてきた同族の男たちが、ポマードで塗り固めたヘヤ・スタイルで決めて、狼のように飢えた眼をぎらつかせて待っている。そこで愛と性の泥沼にはまりこめば、結婚、妊娠、退学、退寮(順序はケースバイケース)というお決まりのコースが待っている。

さくら寮の生活といえば、一部屋5人から10人のタコ部屋で、朝は5時起きで炊事に掃除当番、水シャワーに手洗いの洗濯、きっちりと時間が決められた三度三度のご飯はおかず一品かせいぜい2品、門限は夜の7時半、外泊はもちろん禁止、携帯電話や電化製品の使用は禁止、という厳しい規則に縛られている。しかも寮父は一般のタイ人の理解を超えたヘンテコな精神主義を唱える やっかいな日本人のおっさんときている。

こうして恋愛と性欲の誘惑に打ち勝ち、軍隊のような管理生活に耐え、修道女か禅僧のごとき清廉な生活を3年なり9年なり続けての卒業なのだから、そりゃもう、誰にでもできることではない偉業である。

 ふだんこのコラムで寮生たちをけなしまくっている私であるが、なにはともあれ卒業までたどり着いた生徒たちの忍耐力だけは、ほめてやりたいと思う。集団生活が大の苦手だった私が、もし中学時代にさくら寮に入れられたりしたら、間違いなく2日以内に脱走しているだろう。

 さて、さくら寮の場合、中学を卒業する寮生のほぼ3分の2は進学を希望し、中学時代、大きな問題を起こさずがんばった寮生に対してはそのまま支援を継続している。

ところが、今年は少し異変が起こった。数名の寮生が、3月も末になって「行くところがない」といって泣きついてきたのだ。

ある女子生徒は、ある公立の職業訓練専門学校の入試に落ちてしまった。食品・栄養学科入学が希望だったのだが、内申書と面接の審査で落とされたのだ。「ほかに行く学校がない」と悲観して、女子生徒は泣いて村に帰ってしまった。

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寮内「卒業生を送る会」での出し物より。

この職業専門学校、ちょっと前まではそれほど人気もなく、特に食品・栄養学科などはいつも定員割れ状態、誰でも無試験で入れるような学科だったはず。普通高校の受験の滑り止め、最後の落ち着き先とさえ言われていたこの公立の職業専門学校に、そもそも試験や選抜審査があるとは、実は私自身も思っていなかった。

しかし、どうも最近は事情が変わってきたらしい。タイの経済発展にともない、かつては中学卒業後、手に職をつけるために職業専門学校に進学していた都市部の子女の多くが、大学進学を前提に普通高校へ進学するようになった。ホワイトカラー志向が顕著になったのである。代わって10年ほど前から、職業専門学校は徐々に山地民の子女たちで占められるようになった。これまでタイ族が担っていたブルーカラーの層に空きができ、それを山地民が補填するようになったのだ。ここ数年、チェンラーイの職業専門学校における山地民の比率はどんどん上昇し、洋裁・被服科のように80%以上という学科も出てきた。

それでもこれまでは山地民の進学率自体が低かったので、たいていの学科は無試験で入れたのだが、その山岳民族の進学率がここ数年で急速に上がってきたため、職業専門学校の枠が絶対的に足りなくなっているというのが最近の状況のようだ。経理学科などは競争率数倍の狭き門だという。

さくら寮でも、大学進学を想定して普通高校に進学を希望する寮生が増えてきた。

チェンラーイ県内で有名な進学校といえば、公立のS高校とD高校である。さくら寮生たちの多くもこれらの学校を受験するが、この2校は、さくら寮生の通うU中学でいえばトップクラスの秀才でない限りまず受かる見込みはない。

一般的に山地民の子供たちは町の子と違って塾にも通っていないし、家庭教師をつけるような経済的余裕もない。といって独学の方法も知らない。さくら寮生を見ていても、テレビやラジオの受験講座を聞いている様子もないし、ねじり鉢巻して深夜まで勉強している姿も見かけない。なのに、寮生たちは、もしかしたら受かるのではないかと根拠のない期待を抱いているようなふしがある。自信ありげというよりは、楽観視しているにすぎない。もちろんタイにも統一模擬試験のようなものものがあって、ちゃんと調べれば、自分が受けようとしている学校の偏差値がどのぐらいで、競争率はどのぐらいかというデータから、合格の可能性を認識できるはずなのだが、そういうことはしない。ライバルの実力も知らないのである。

要するにさくら寮の子供たちは、まだよく世間を知らないというか、受験競争の厳しさの実態をわかっていないようなのだ。受験うんぬん以前に、入学願書の受け受けの締め切り日すら知らなかったために、願書を受け付けてもらえなかったという寮生さえいる。寮でもインターネットぐらい使えるのだから、そのぐらい自分で調べればわかりそうなものだが、まあ、自分の将来の問題に対する切実さが足りないというか、はっきり言えば甘ちゃんの部分がある。

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寮内「卒業生を送る会」での出し物より。

私はもともと学歴無用論者であるし、受験戦争を勝ち抜いた生徒だけが優秀な人間だとはまったく思わない。しかし、寮生たちのこの情報収集能力のなさ、世間知らずぶりは、社会に出たときに間違いなく出鼻から出遅れ、致命的な差をつけられてしまうに違いないなと思う。そうやってオタオタしている間に、結局は社会の底辺であえぎ、搾取されるばかりの存在に甘んじてしまうのではないかと、心配になる。おっとりしているのは彼らのいいところだが、厳しい現実社会の中で、たくましく闘い、生きていく力だけはなんとかつけてもらいたいと思っている。がんばれ、寮生たちよ! 

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中学の卒業式に出席したさくら寮生たち。

 

 

 


小さな無法者たち

2008/03/18 18:12 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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3月初旬のことである。

さくらエコホームの寮母のニラーが深刻な口調で電話してきた。またしてもエコホームの子供たちがなにかやらかしたのであろう。エコホームとはさくら寮の分室のようなもので、寮生30人ちょっとの小さな寮。チェンラーイ市内から約20キロ離れたカレン族の集落・ルアムミット村にある。ここへの入寮資格は基本的には貧困であること、村に学校がないということだけなので、選抜審査に学力試験も加味しているさくら寮の子供たちよりも家庭の平均的な経済状態はさらに貧しい。

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さくらエコホーム

さて、自分のところの恥をさらしてしまうことになるが、寮母のニラーが小学生の子供たちの通うルアムミット小学校から呼び出しを受けたのはこんな情けない理由だ。最近、学校の電話の料金請求額が異常にかさみ、職員が不審に思って調べてみたら、学校の児童たちが無断で教員室に入って電話をかけまくっていたらしいことが発覚したのだ。そして料金請求書に同封されてくる発信先の電話番号明細などから、電話を使用した児童のほとんどがさくらエコホームの寮生たちであることが判明した。寮生たちも使ったことを認めているという。

エコホームの寮生は早起きで、いつも他の自宅通学児童よりも早い時間に集団で登校する。教員室は早朝に用務員さんが鍵を開け、それから最初の教員が入ってくるまでに30分ぐらい無人の時間帯があるのだという。その時間帯を利用して、子供たちは入れ替わり立ち代り電話をかけていたらしい。その額、数千バーツ。学校がカンカンになって寮母を呼び出すのも無理はない。

電話を無断使用したエコホーム寮生は全部で約20名。アカ族の少女一人を除く小学生の女子のほとんどと男子数名である。今年入寮したばかりの小学校3年生、9歳のAまで含まれている。通話先はほとんどが携帯電話で、親戚や家族、友人、なかにはボーイフレンドにかけていた子も。チェンマイやバンコク、はては南タイにかけている子もいた。兄弟や親類が出稼ぎに行っているのである。話を聞いて、しばし唖然とした。

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さくら寮の食事風景

寮では携帯電話の使用を認めていないし、寮内には公衆電話もおいていない。寮の近くには公衆電話があるが、寮生の多くは電話をかけるお金もない。もうすぐ学校がお休みになるから、迎えにきてほしいと連絡したい。気持ちはわかる。しかし、よりによって学校の電話を集団で無断使用とは・・・。ちびっこのギャングたちである。子供たちは学校の電話が無料で使用できると思っていたわけではないだろうし、許可なく電話を使ってはいけないことを知らなかったわけでもないはずだ。善悪の観念がないというより、社会や道徳の規範にそって行動しようとする意思が弱いということなのか。目先の利益や欲望に負けて、結果生じるほんのちょっと未来の損益や信用の喪失をも展望しえないというべきか。もちろん使用した電話料金は各自の保護者に責任もって弁償させることになった。

私たちはついつい山地民の子供に対して「無垢で正直で純情」といった勝手に作りあげたイメージを抱きがちである。私もはじめてタイにきたばかりの頃はまさにそうだった。古きよき時代の、失われた時代の日本の子供の表情がそこにある・・・なんて。

しかし、どんな国のどんな地域の子供であれ、私たちがかくあるべきだ、かくあってほしいと思うイメージの中の子供と、現実の子供の間には決定的な齟齬がある。山地民子供たちもまたしかりである。身勝手で自己中心的だったり、人のものを盗んだり、計算高かったり、自分を守るためには平気で嘘をついたりする子もいる。12歳以上ともなれば考えていることはほとんどが異性のことばかりといったぐあいである。

実は私自身でさえも、よりチェンラーイの町に近いさくら寮の子供たちよりも、さまざまなメディアの情報や物質的な刺激を受けていないエコホームの子供たちのほうが素朴で誠実で聞き分けがいいに違いない、と単純に信じてきたところがある。たまにエコホームに視察に行けば、みんなちゃんとワイをして笑顔で挨拶するし、見るからに素直そうでいい子たちばかりじゃないかなどと感心する。しかし実際にはずっと一緒に暮らさない限り子供たちの行動や本質はよくわからない。

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さくら寮のステージ

素朴であることと、善悪の判断ができるかどうかということもまた別の話である。どこにいようと、貧しかろうと豊かであろうと、人は教育によってしかモラルや善悪の判断力を獲得しようがないし、教育もなにも受けていない白紙の状態であればあるほど、外圧による変化の波をもろに浴び、他人の価値観や道徳観の影響を受けて、またたくまに別の色に染まったり、ねじくれてしまったりするのだ。子供は最初から「善」として生まれてくるわけではない。ときには学校教育によって、ときには家族や地域の共同体から教えられ、「善」として育てられていくものだ。

もちろん子供たちのこうした行動は、単に学校や寮内だけの問題ではありえず、むしろ、大人たちの社会を正確に映し出す鏡にすぎない。モラルに対する意識が希薄になってきているのは大人の社会も同様である。

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さくら寮・アカ族の女子

 

 

 


プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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