さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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携帯電話問題

2007/09/28 16:42 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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 さくら寮ではたまに、寮生の所持品抜き打ち検査なるものを実施している。

支援によって寮費の負担が少ないぶん、集団生活上の規律が課される寮生活であるから、当然、門限やら当番仕事やら、いろいろと規則がある。ドライヤーやアイロンやポータブルテレビなどの電化製品は使用禁止である(ちなみにアイロンは共同のアイロンは使用可、電池式のポータブルCDプレーヤーやMP3プレーヤーは使用可)。そこで、そうした禁制品を所持していないかどうかを調べるのである。たいていは自己申告制であるが、悪質な隠匿が疑われるような場合は、ロッカーを開けての捜査(?)も必要になってくる。

このところ目立つのが携帯電話の所持である。さくら寮では寮生の携帯電話の使用は禁止されている。しかし最近になって、年長の生徒の多くがひそかに所持、使用するようになった。先日の検査でも10台あまりの携帯電話が押収された。隠し場所はロッカーの服の中、布団の下、ゴミ箱の中(?)などいろいろ。男子では巧妙にも本体や充電器を天井裏に隠している者もいた。 

 nasu_R.jpg 
これ、ぜんぶナスです。きれいでしょう?

携帯電話は不鳴動着信が可能なので、深夜などにこっそりとベランダなどに出て小声で話せばスタッフにも知られずにすむ。もちろん同室のルームメートたちにはばれているが、結束が固い場合はスタッフにたれこんだりはしない。しかし、 反目しあっている寮生同士の場合、運悪く所持がばれた生徒が、腹いせに「自分だけじゃない、あの子も、この子も・・」などとちくり、芋づる式に使用が発覚することもある。そんなことで友情には亀裂が入り、寮生同士が疑心暗鬼に陥り、寮内の人間関係が一気に悪化することもある。

寮内では使わないが、学校など外で使用している寮生も多い。寮で見つかって没収されないように、電話機と充電器を下校時に友達の家に預かっておいてもらうのである。携帯を使用する寮生の年齢も低年齢化しつつある。さくら寮内の携帯電話問題は、もはや放置しておけないような段階にきている。

ついに先日には、寮生たちからスタッフに、携帯電話使用の解禁を要望する嘆願書が提出された。寮生たちの言い分は、学校の友達と宿題をアドバイスしあったり、先生からの連絡を受けたりするのに必要だからというのだが、さくら寮でも、時間の制限はあるが電話の取次ぎはしている。ホンネのところは、携帯を使う最大の目的は、恋人や異性の友人と連絡をとることであろう。

さて、ここで読者の多くは「あれ?」と思われているかもしれない。さくら寮は貧しい山岳民族の子供たちを支援している寄宿舎なのに、なんで生徒に携帯電話が買える経済力があるわけ? 当然の疑問である。しかしさくら寮に限らず、寄宿舎を運営するNGO はどこでも携帯の使用禁止にもかかわらず、このごろは同様の問題を抱えていると聞く。

タイでも携帯電話は安いものは1000バーツ程度で売られるようになった。

10年前に私がはじめてタイで携帯電話を買ったとき、値段は5万バーツあまりだった。私自身は携帯電話が大嫌いで、今でもめったに持ち歩かないのであるが、そのときちょうど郷里の母が脳卒中で倒れ、万一のときのために、「天国と地獄以外はどこにでも通じる」というふれこみの強力な周波数帯の方式のものを買ったのだ。(なのにちょっと山に入るとさっぱり通じなかった。山の中が天国だったか地獄だったかは知らないが、明らかな誇大広告である)

この10年間で値段は50分の一に下がったのである。携帯電話は必需品とはいかなくても、すくなくともぜいたく品とは呼べなくなってしまった。

職業専門学校に通うある寮生女子は、私にもらす。

「だって私のクラスの生徒で携帯を持っていないのは私一人なんですよ。恥ずかしくて、恥ずかしくて」

高校、専門学校では、すでにどこでも授業中の使用以外は携帯の使用を黙認しているという。ちなみに縫製を学ぶ彼女のクラスの大半は山岳民族である。それほど山岳民族の社会でも携帯が普及してしまっているのだ。いや、電話線やインターネットや道路網などのインフラが整備されていない山岳地帯においては、携帯電話だけがコミュニケーションの唯一の命綱になりつつある。

  では、すでにタイのほとんどの若者が使っており、ぜいたく品とは呼べない携帯電話を、なぜさくら寮のようなNGO系の寄宿舎の寮生だけが使ってはいけないのか。これをきちんと寮生たちに説明するのは意外に難しい。

まず、さくら寮に入寮する資格のあるのは、親に経済力がなく、貧しい家庭の子供のみであり、日本の支援者から援助を受けていること。日本の支援者のイメージでは、タイではまだまだ携帯は高価なものである。わずかなお小遣いの中から日本でタバコや酒代を倹約して支援金を送っている里親のかたがたが、寮生の携帯電話を使用していると知ったら、気分を害するに違いない。怒って支援をやめてしまう人もいるかもしれない。たとえ電話機自体が安くなったとはいえ、電話代など月々の出費は確実にかさむ。携帯電話を使えるような経済的余裕があるならば、そもそも支援の必要などないと判断されてもしかたがないことだ。

 しかし、ここでも寮生たちは反駁する。

 「電話も友達から安く譲ってもらったものだし、電話のカード代は(男)友達が支援してくれているんです。受けるほうがほとんどだし。だからお金はかからないんです」ここで友達というのは、女子の場合、男友達、つまり恋人もしくは援助交際の相手のことを意味ずる。そうかそうか、主食とおやつは別腹で、学費のほうは親のすねをかじり、遊興費は恋人からってわけだ。なるほどね、それなら問題ないな。

なんて、納得していてはいけない。

実はここが問題なのである。携帯電話を持っていれば外部との個人的なコミュニケーションが容易かつ緊密になり、恋人や外部の友人たちとの待ち合わせも簡単にできる。それはやがて非行や不純異性交遊(死語?)に結びつく温床となり、結果的には結婚、退寮などによって勉学の機会を失ってしまう確率を上げるのではないかという心配である。

すなわち、「携帯電話=ぜいたく品のイメージ、だから使用不可」という説明は、実は建前であって、真の問題は携帯電話を使うこと自体にあるのではなく、むしろ携帯を使うことによって引き起こされるかもしれない、売春、援助交際など寮生の行動や風紀の乱れを危惧しての禁止措置というのが実はスタッフの偽らざるホンネなのである。

でも、本当にそれだけなのか。できればこの世から携帯電話を撲滅させたいと願うほど忌々しく感じている私の意固地な抵抗の深奥には、世界のグローバル化と高度消費経済の侵食によってこのチェンライのような辺境までが「ケータイ的文化」と電磁波にとりこまれつつあることへの焦燥があるのではないか。

携帯問題、退寮者問題、バーツ高による経営難、さまざまな問題を抱えて、さくらプロジェクト自身も運営上の岐路に差しかかっている。次回からは、そんなさくら寮の今後の行方やNGO支援のありかたについて真面目に考察していきたいと考えている。 

IMG_4004_R.jpg

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クリスマス会でのさくらっこたちの演技

(ちゃーお38号より転載)

 

 

 

 

 

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プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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