さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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ラーメン地獄

2007/03/27 21:32 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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チェンライの町のやや郊外、サマーキー高校やカンチャナ専門学校などへ向かう道沿いに、「ジャッカン」という名の安食堂がある。バーミー・ナム(ラーメン)とかカオ・カームー(豚足煮込みかけご飯)、カオマンカイ(鶏蒸しご飯)、カオパット(焼き飯)などのメニューがあり、どれも一皿20バーツ程度の大衆的値段である。学生などもよく利用している。

私は以前、山へ行く途中で偶然ここに入って、ラーメンを注文したのだった。でてきたラーメンを見て少しぎょっとした。異様に量が多いのである。一般的にタイのバーミー・ナムの麺の量は日本の半分程度で、ちょっと小腹がすいたときの夜食にちょうどよいぐらいの量だ。メインディッシュとしては2杯ぐらい食べないと満腹にはならない。しかしこの店のラーメンは、日本のラーメンに匹敵するボリュームで、私も一杯食べて満腹になってしまった。味はまあそこそこといったところで、特別うまいというわけではないが、これで20バーツはなかなかお得だと思った記憶がある。

そのとき同行したカンポン君によれば、実はこの店は、ラーメンを三杯食べたらただになるということで有名な店なのだそうである。日本でもギョーザ、ラーメンなどの店にこういう企画は多いが、チェンライではまだ珍しく、新聞にも紹介されたことがあるらしい。

店の壁には、これまでに三杯を達成した人々の名前が掲示されている。見るとその数はまだ5本の指に満たない。開店してどのぐらいたつか知らないが、やけに少ないではないか。タイの人に大食いの人は少ないのか。それともプライド高いタイ人はみな、たかだか60バーツのラーメン代をただにするために、そんな馬鹿馬鹿しいことに挑戦しないのか?

後日、このことをさくら寮のボランティア、茅賀宏君(仮名)に話したら、かなり乗り気の姿勢を見せた。茅賀君は知る人ぞ知る大食漢である。いつもさくらの食事では、並みの人よりも大食いのこの私のさらに2~3倍の量のご飯を食べている。中華料理など、4人ぐらいのコースのものをひとりで平らげてしまう実力者である。特にステーキなど肉系のものは無敵である。

「三輪さん、今度ぜひ連れてってください。挑戦してみます。僕、日本のラーメンでも3倍ぐらいは軽く食べられますから。体調さえよければ、間違いなく3倍食べられますよ」

私も思った。茅賀ならできる!われわれは綿密に計画を練り、決行の日を待った。

で、本日、その日が来たのである。

今日は一緒に行く予定だったカンポンが、今朝亡くなってしまったお爺さんの葬儀に出るためいけなくなったので、ラッポン、三輪、茅賀の3人が挑戦することになった。

正午近く、われわれ三人はジョイさんが愛乗していたセダンで安食堂の前に乗り付けた。もちろん茅賀は昨夜早めに就寝してたっぷり休養をとり、もちろん今朝は朝食抜きである。

ラッポンは寮生兼スタッフ見習いで、かつて日本へ研修旅行に行ったときは、岐阜の伊藤みね子さん宅で出された約10人分の飛騨牛の焼肉(余裕を見てかなり大量に用意されていたのだが)をすべて平らげてしまったというさくら寮屈指の大食漢である。

すでに店の中には数組の客がいて、何人かの客がこのラーメン三杯タダ企画に挑戦している様子だった。
われわれがテーブルについたとき、ちょっとしたプロレスの選手並みに体格のいい若い男が(それは飲料水のタンクを配達するトラックの運転手さんだった)が、店を出ようとしていた。彼も三杯ラーメンに挑戦し、敗れ去ったものらしい。その兄ちゃんは「マイワイ(無理だよ~)」と店の人としゃべりながら照れ笑いをうかべ、肩を落として去っていったのだ。

それを見たわれわれは少しひるんだ。こんなガタイのいい兄ちゃんに食べられなくて、本当にわれわれは3杯食べることができるのか。
jabkan5.jpg
 
2杯目に挑戦中。


われわれはとりあえず疑問に感じていた項目を確認した。

「あのー、汁も全部飲まなきゃいけないんですか」

すると、汁は適当に残してもかまわない、とにかく麺を残らず食べればよいという返事。そうか、麺勝負か。勝算はあるぞ。

さて、注目の一杯目が出てきた。茅賀君は、「ふーん、この程度ですか。思ったより少ないです。普通に三杯いけるんじゃないですか」と自信ありげだ。

その滑らかな口調どおり、1杯目はものの2、3分で食べ終わった。快調なペースである。マネージャー代わりの私が厨房に向かって告げる。「二杯目ください!」

ラッポンも1杯目を食べ終わった。

私のほうもなんとか一杯目を食べ終わって、2杯目に挑むべきかどうか少しためらったが、どうがんばっても3杯は無理とあきらめ、どうせ金を払うのなら、ラーメンじゃなくてご飯物にしようと、焼き豚ライスを注文した。この時点で私はとりあえず棄権である。

茅賀君は2杯目もかなりのハイペースで平らげた。所要時間何約5分。まだ表情には余裕がある。「なかなかうまいですよ、このラーメン」相手を称える余裕さえある。しかしこういうのは、間をおきすぎるとかえって満腹感がやってくるから、一気にいったほうがよい。早く3杯目に着手しなければ。マネージャーの私は茅賀君に代わって厨房のおばさんにむかって叫んだ。「三杯目!」

厨房のおばさんは平静な顔で頷く。なぜか向こうもさして動揺の気配はない。おそらくここまではこの店では見慣れた光景なのであろう。

しかし予想に反して3杯目はなかなかテーブルにやってこない。痺れを切らした私は、厨房のほうに歩み寄り、ラーメンをゆでたり延ばしているおばさんに、「あの、三杯目は・・・」と声をかけた。

三杯目のラーメンを催促するために厨房に近づいた私は、その光景を見て息を呑んだ。

jabkan4.jpg

厚化粧の風吹ジュンのようなおばさんと、もうひとりのさっきまで給仕係をやっていた醤油顔の女性が二人がかりで、10人分はあろうかと思われるほどのおびただしい量の麺を茹で、ほぐし、さらにどんぶりの中にギュウギュウと必死に押しつけていたのである。ふたりの表情はさきほどとうってかわって、山姥のような形相になっている。すでに麺だけでてんこ盛りになったどんぶりに、さらに上から執拗に麺を押し付け、新たに茹で上がった麺を盛り、さらにそれを上から全力で圧縮しようとしているのだ。これにどうやってスープを入れるわけ?

私はこの、見てはいけなかったかもしれない恐ろしい光景を目の当たりにして驚愕に打ち震えながらも、思わず噴出しそうになり、必死で笑いをこらえながら、席に戻った。

テーブルでは茅賀が無邪気な顔をして「三杯目、まだあ?」と私に聞いている。

私は笑いをかみ殺しながら、「もうすぐくる。でも、本当に大丈夫かい」という。茅賀は「大丈夫です。いけそうですよ」と自信満々だ。

やがて、ラーメンが運ばれてきた。汁はなく麺だけてんこ盛りで、上のほうに申し訳程度に野菜と薄っぺらな焼き豚が数枚トッピングしてある。スープは別にやってきた。
この巨大なソフトクリームのように聳え立った麺の山を前に茅賀は目 をむいた。私は我慢できなくなって笑いころげた。

「なんですか、これ。詐欺です!」

茅賀はそう言いながらも、果敢にも三杯目に挑戦しはじめた。ラッポンは茅賀の三杯目のどんぶりを見て、すでに戦意を喪失し、挑戦を放棄している。

しかし、さすがの茅賀も、この圧縮率300%のラーメンを食べきれるわけがない。食べても食べても、圧縮された麺が下からモコモコと盛り上がってきて、いっこうに減っていく感じがしないのである。おそらく器の下のほうは麺が固まっているのではないかと思うほどである。麺地獄である。それでも茅賀は淡々と食べ続けている。悲壮感さえただよってきた。先が見えず、ほとんど希望のない不毛な戦いだ。まるで「シジフォスの神話」のような話である。10分、20分が経過した。

最初の頃、「誘惑に負けて汁を飲むやつはかえって満腹になるのが早くて負け組」といっていた彼もついに「これじゃあ、のどが詰まる」といってスープや水に手を出しはじめた。

DSCF0071s.jpg

3杯目はこんな感じ

茅賀の顔面が蒼白になり、苦痛の表情が色濃くなった。

「もうなんだか、粉を食べているような気分になってきました。ラーメンの味じゃないです」

「拷問です」

「もう、のどを通りません。これ以上食べたら、はきそう」

限界である。ドクターストップだ。セコンドがタオルを投げた。

やっとどんぶりの水平線ぐらいまで麺の高度が下がったあたりで、茅賀は敗戦を認めた。
公正取引委員会に訴えるべきですね、これは。三杯目はこんな量だって、あらかじめ知らせておくべきなのに。こんなんじゃ、誰が食べられるんですか」

確かにこのやり方はアンフェアである。だが、きっとタイでは60バーツごときで「騙された」と目くじらをたたる人はいないのあろう。洒落ですむのであろう。

それに、この軽く10人分はあろうかと思われる三杯目のラーメンの残したぶんは、スープつきで持ち帰りができることがわかった。果敢な挑戦者同様、店側もまた麺を大量につぎ込まなければならないというリスクと経済的損失を強いられているのである。逆に言えば、60バーツでこんなにたくさんラーメンをお土産にもって帰れるのは得だという考え方もできる。確信犯でこれをやる人がたくさん現れたら、店はつぶれてしまうかもしれない。

なお、お持ち帰りしたラーメンは、2杯目できりあげたラッポンが全部平らげたといううわさであるから、むしろラッポンが挑戦していたら、達成できていたかもしれない。

後日、この話を年長の寮生たちにしたら、みなこの店のことは知っていて、「ああ、昔の三杯目はもっと常識的な量だった」という。そりゃ、今日のような量じゃ、琴欧州のような力士でもない限り、誰も食べられはしない。店側も開店当初は加減がわからず、達成者が続出したため、これでは採算が合わないとばかりに徐々に量を増やしていったのかもしれない。

なお、その日の午後、茅賀は具合を悪くして寝込んでしまった。血糖値があがり、心臓がバクバクと打って死にそうだったという。

「こんなことで命を落としたら、むっちゃ恥ずかしいですわ。葬式のときに親類縁者にはどうやって説明するんですか?」

私はすかさず、年末の「NHK紅白歌合戦」で流れていた『千の風になって』とかいう曲のメロディーにあわせて、

「私のお墓の前で、笑わないでください~」と歌ったものだった。

jabkan6.jpg 

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プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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