さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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早熟な子どもたち

2006/09/19 16:51 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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子ども達の創作ダンス




例年のことながら、8月はさくら寮への来客が多かった。

このところ毎年この時期にいらっしゃっているのがS女子大学のM先生の一行。教育学の専門で、毎回自分の大学の学生さん数名を率いてタイへのスタディ・ツアーを行い、その一環としてさく寮の子ども達と交流している。

今年は女子大生にまじって、M先生の友人で、東京都内の小学校で校長先生をやっていらっしゃるAさんも同行された。さくらホールで恒例の歓迎会では、Aさんはギターの弾き語りでなつかしの60年代、70年代のフォークソングを披露し、そのあとさくら寮生が歌や踊りの芸を披露した。 

さくら寮の出し物は主に二つのジャンルに分かれていて、一つは民族ごとの芸能(祭りのときの歌や踊り)、そしてもうひとつはタイポップスやディスコ・ミュージックに合わせた創作ダンスである。要するに既定演技と自由演技の二種目である。自由演技のダンスはは子ども達の自主的な選曲と振り付けで、好きなファッションでやらせている。ステージ衣装は、ゴミ袋を切り裂いて体に貼り付けただけのものとか、布切れ一枚を胸に巻いたものだけとか、限られた予算の中で、いろいろ工夫を凝らしている。

子どもたちの演技を見終わって、校長先生がふっと正直な感想をもらした。

「みんなとてもリズム感があってうまいけれど、日本の小学生とは全然違いますなあ。みんな踊りにしてもファッションにしても、あまり子どもらしくないというか、セクシーなというか、ずいぶん大人っぽいですね。日本の子どもより、ませてるのかな」

これまでずっと子ども達の自主性に任せて出し物をやらせていたし、日本の教育現場と比較するような発想がなかったので、考えてもみなかったが、指摘されてはじめて、そういわれればそうだ、子ども達のファッションは年のわりにエッチというか、露出度が高い、と頷かざるをえないものがあった。確かに、自分の小学生の頃の学芸会を思い起こせば、劇といえば「桃太郎」「浦島太郎」「傘地蔵」に「鶴の恩返し」だった。恋愛劇なんてものではなく、創作ダンスは「お星様キラキラ」だった。

それがさくら寮の子どもは10歳、11歳の子であっても、ミニスカートにタンクトップを着て、なにやら怪しげに腰をくねらせて踊っている。創作演劇も、嫉妬あり、略奪愛あり、不倫ありの大人顔まけの恋愛ドラマである。それらはみな大人の真似なのである。

なぜなのかを考えてみた。やはり、テレビ、ラジオ、カラオケVCDなど子どもの頃から放射線のように浴びまくるメディア情報攻撃ではないかと思った。

前回も書いたように、寮の子ども達には毎週金曜の夜と土曜日の午後、夜の3回テレビを見せている。20歳の子も10歳の子も同じ番組を見ている。テレビは男子寮に、女子寮に一台ずつあるが、同じ女子同士なら、チャンネル争いもない。そもそも金曜、土曜のゴールデンタイムはどのチャンネルも金太郎飴のように似た内容で、まあ、言ってしまえばしょうもない安っぽい恋愛ドラマ、メロドラマばかりなのである。つまり、子どもから大人まで、テレビドラマから受け取る情報の水位がほとんど同じなのである。恋愛以外の知的好奇心を喚起するような番組はほとんどない。(あってもおそらく誰も見ていない)

これでは小さい頃から話題といえば愛だの恋だのことしか思い浮かばなくなるのも無理はないし、ほかに何の楽しみもないから、ついつい関心はそちらのほうへ集中し、13、4歳で結婚してしまうのもわかる気がする。

とりわけ山岳民族の少女達は結婚年齢が若い。この間までゴム跳びをやっていた女の子が、いきなり結婚していたなんてこともしばしばある。

私たち日本人の世代区分のイメージでは、「ゴムとび」と「結婚」の間には、中間的ななにかがあるような気がする。乙女時代とか、青春時代とか、花嫁修業とか、モラトリアムとか呼ばれる数年間である。が、こちらでは、ゴムとびから結婚へ一直線なのだ。

今の日本の少女たちは、ファッション雑誌を眺め、丸文字を書き、アイドル歌手に憧れたり、メールやケータイで遊んだり、部活やサークル活動にいそしんだり、それからいくつかの恋愛を遍歴したりしながら、子供でもない、大人でもない、モラトリアムの「少女期」としての高校時代、もしくは大学生時代などを経て社会人になり、それからおずおずと結婚する。また、結婚しない人もいる。

一方、山岳民族の子ども達は、「ゴムとび」からいきなり「結婚」だったりする。モラトリアムとしての「少女期」は割愛して、一気にストンと一人前の「大人」に移行するのである。それはまた遊び(ゴムとび)から労働への一気の飛躍でもある。

社会学者の大塚英志が、『少女民俗学』という著書の中で、少女漫画や変体少女文字、かわいいものグッズなど、「少女文化」というのは、生産を排除し、消費の役割のみを担った若者を対象にした商品群として、都市型の高度消費社会が必然的に自己形成した文化であるというような分析をしていた。 つまり消費の担い手としての「少女文化」は、消費経済が十分に成熟していない社会においては不要なのである。

一昔前まではタイの少女たちにはこの少女文化に該当するものがなかったのではないかと思う。しかし最近はタイも都市社会が成熟し、高学歴の女性も増えてきた。高校や大学あたりでも、日本のアニメや少女漫画を愛好し、キティちゃんのノートやファイルを持ち歩いている女子学生も見かけるようにはなった。

山岳民族の社会でも多かれ少なかれ晩婚化の時代がやってくるのかもしれない。


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雨期、集中豪雨のあとは寮の前の道路が水浸しになる。
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プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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