さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

スポンサーサイト

--/--/-- --:-- ジャンル: Category:スポンサー広告
TB(-) | CM(-)Edit

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

憂鬱な夏休み

2006/04/30 16:29 ジャンル: Category:さくら寮日誌
TB(0) | CM(0) Edit

 学期休みで誰もいないさくら寮の食堂で、ひとり寂しく昼飯を食っていたら、寮長のジョイが不機嫌そうに、ポツリと言った。

「J村のNがもうすぐ結婚するらしいよ」

「ぷっ」

 私はご飯を噴き出した。

 Nはさくらプロジェクトで支援しているラフ族の15歳の女子だ。今年3月中学を卒業して、5月から市内の高校に進学することになっていた。5月初めにはさくら寮に戻ってくるはずだった。

 毎年ソンクラーンが終わる頃から、私は憂鬱な気分にさいなまれる。気分が重くなるこうしたニュースが日々飛び込んでくるからだ。寮生の誰々が婚約したらしい、結婚したらしい、妊娠したらしい、もう別れたらしいなどというニュースである。

 2ヶ月にもおよぶ長い学期休み、帰省した村で、バイト先の街中で、いろんな出来事があり、出会いがあり、アバンチュールが寮生たちを待っている。サッカーでいえば、この2ヶ月間は「危険な時間帯」である。

 結婚なんてめでたいニュースじゃないか、産めよ増やせよ地に満てよ、と普通なら手放しで喜ぶべきことである。

が、私の立場は微妙である。さくらプロジェクトは一人の支援者が一人の生徒を継続的に援助する里親システムという奨学金支援システムをとっていて、里親の方は自分の里子に対してひとかたならぬ深い思い入れがあるのである。この一方ではめでたく、一方では寂しく悲しくもある事実を手紙やメールで里親に伝えなければならないのは、間にたつこの私である。

 里子退寮の知らせを受け、里子が学業途中でドロップアウトしてしまったという事実に失望される里親も多いし、「そもそも、そんないいかげんな気持ちで学校に行っていた子どもを支援させられていたのか」とか「どういう基準で子どもの選考をやっているんだ」と怒り出す人もいる。「もう一度あなたが説得して勉学に復帰させることはできないのか」って、それはちょっと無理な話だ。すでに一緒に住んじゃったりしてるわけだから、それを無理に引き離したりしたら、一生うらまれかねない。

 なぜ、もっと勉学意欲と忍耐力と責任感のある子どもを選抜しないのだといわれるのが一番つらいのだが、こちらだって支援する生徒の選抜は厳正にやっている。特に義務教育である中学を卒業した子どもの支援継続に関しては、かなり慎重に検討を重ねた上で決定する。それでもこういう例はあとをたたない。

 今回のNの場合も卒業前の進路相談で、保護者をまじえて二度、三度と話し合った。このところJ村の女生徒たちは、たいてい中学を出ると就職するか結婚してしまい、進学したとしても無事卒業できる子はほとんどいなかった。そんな前例があったため、Nが進学したいといっても、さくらとして支援する考えはなかったのだ。しかし、彼女は自分を支援してほしいと懇願した。

「だってね、キミの村の女の子たち、みんなほいほいと結婚しちゃうじゃないの。高校に進学してもみな1年か2年で中退だしさ。キミだって学期休み中にボーイフレンドができたら、ハイ結婚なんてことになるんじゃないの。そうなったら日本で支援してくださっている里親の方の期待を裏切ることになるし。進学するならよほどの覚悟がないと」

「どうして他の子たちと一緒にするんですか。私はみんなとは違います。私はもっともっと勉学して、学歴を積んで、将来いい仕事につきたいんです。早々と結婚しちゃって、お金で苦労している友達の姿を見ているから、よけいにそう思うんです」彼女は切々と訴えた。

 まあ、人は人、自分は自分、一緒にしないでと言われれば、ごもっともだ。前例や確率論だけで判断してはいけない。そこまで決意のほどを語られては支援せざるを得ない。などと私もちょっと甘くなっていた。
「じゃ、約束できるかい。進学するからには、なんとしても3年間は勉強を続ける。どんなことがあっても高校だけは卒業する。いいね」

「はい、約束します。どんなことがあっても勉学を続けます。私、中途退学なんてしませんから」

 翌日、彼女は私から金を4000バーツ借りて、新しい学校に前期の授業料を納めに行ってきた。

 そしてその彼女が、そう強い決意で語った舌の根も乾かぬ1ヵ月後に早々と結婚である。休みのアルバイト先で知り合ったタイ人の若い少年と恋に落ちたらしい。

 いったい、どうなってんだよー。やはり確率論は正しいのか!

 彼女たちには、1ヶ月先の自分の未来を予測、予見する能力もないのであろうか? いや確かに人生、1ヶ月先にどんなことが待っているかわからない。予測は不能である。しかし、我々人間には、自分の言葉に対する責任というものがある。3年とまではいわぬまでも、せめて2ヶ月、3ヶ月ぐらいは自分の言葉や人との約束に責任を持ってほしいものである。

 そういえばいやなことを思い出した。中学生のとき、私はまじめなグループ交際をしていたクラスメートの男女数名の間で「結婚しない同盟」というのを結成していた。

「タカシ君、私将来はどんなことがあっても絶対結婚しないからね。あなたも誓うのよ」
「は、はい」

 しかし、そういっていた言い出しっぺのヨシエちゃんという女の子が、中学卒業後、同窓生の中では真っ先に結婚してしまったのだった。私なんていまだにあのときの約束を守っているっていうのに! それ以来私は女の言葉を信じなくなった。

 寮の子供たちの誓約だってまったくあてにならない。そもそも日本人と違って「義理」などという感覚から自由なのである。誰かが自分のことを期待していてくれる、見守ってくれているなどという意識もない。よくも悪しくもすべては自己責任でやっている。

 身も蓋もない言い方をしてしまえば、子供たちは、他人との約束を果たすために勉強しているわけではない。表現は悪いかもしれないが、私たちが考えているよりもはるかに野性的に、生命の本能にもとづいて生きている。長期的なスパンで人生を計画できない反面、もしかしたら動物的なカンで生命としての種族保存に有利な行動をとる判断をくだしているのである。

 子供たちのこのあたりの精神構造というか行動規範については、一般の日本の支援者の方々にはなかなか理解していただけない。だから私は里親の方々に寮生が退寮したり退学したりしたときの報告の手紙を書くのが一番つらく憂鬱なのである。日本の常識や倫理観の枠組みで彼らの行動はなかなか理解できない。理解できても納得はできない。
 さて、そのような結末をうむタイの「ピットゥーム」(学期休み)、子供たちは何をして暮らしているのだろう。アルバイトであった。

 この季節限定のチェンライの大衆観光地、メーコック川岸の「パタヤ・ノーイ」(誰が名づけたのか小パタヤ・ビーチ。砂利だらけの河原をビーチと呼ぶには多少無理があるが)という場所は、ソンクラーンをはさんだ約1ヶ月間、多くの地元水浴客でにぎわう。それをあてこんでこの時期、パタヤ・ノーイには海の家ならぬ川の家が軒を並べ、にわか飲食店が大繁盛する。で、ここにアルバイトとして借り出されるのが、山地民の若者たちである。平地タイ族の若者はソンクラーンの時期は遊ぶのが忙しくてアルバイトなどせず、圧倒的に人手不足になるので、ふだんは職にありつくのが困難な山岳民族の若者たちも優遇されるのだ。といっても、そのわりには住み込み、食事つきながら1日50バーツという首を傾げたくなるような待遇である。

 しかしこの信じられないような薄給にもかかわらず、パタヤ・ノーイの飲食店のバイトはアカ族やラフ族の若者たちがバイトに精を出している。で、よく事情をよく聞いてみると、これが山地民ワイ・ルン(若者)たちの出会い系サイトになっているのであった。村にいれば、昼間はきびしい畑労働で、夜は親の目があるからなかなか家を抜け出して夜遊びにもいけない。しかし、パタヤ・ノーイでは住み込み労働であるから、夜になると自由時間があり、しかも親の目は届かない。実際、昨年ここで働いた経験のある寮生の話では、アルバイトたちの宿舎は夜になるとほとんどもぬけの殻になるほど、みな夜遊びに興じているらしい。


 なるほど。給料は低くても、ここで働くモチベーションは大きいのだ。新学期が始まった頃には、しっかりとカップルが誕生して、私を憂鬱にさせるのである。

 来年はアルバイト禁止令でも出すしかないかな。


写真1:こちらはパタヤ・ノーイ・ビーチではないが、同じくメーコック川の上流、チェンマイ県のタートン川水浴場。ソンクラーン前後には芋を洗うがごとき状況になる。

Front Cover_R 

これは2年前に結婚したもとさくら寮生のオラピンさん(左)の結婚式のときのVCD。こちらは名門チェンマイ大学を卒業後、ちゃんと卒寮してからの、祝福された結婚であった。 

 CD Cover_R 

オラピンさんも新郎もヤオ族だが、最近は山地民の間でもタイ風と折衷の結婚式スタイルが増えてきた。
スポンサーサイト

ドイ・トゥン・ワンダーランド

2006/04/29 23:54 ジャンル: Category:さくら寮日誌
TB(0) | CM(0) Edit

ドイトゥン1 
ドイトゥン寺のふたつの仏塔


メーサイやゴールデン・トライアングルほど外国人に知名度はないが、ドイトゥンはタイ人観光客にとっては、チェンライに来たならもっとも行ってみたい観光地のひとつだろう。そこには山の上の眺望が美しい寺、色とりどりの花が咲く庭園、瀟洒な王室の別荘と、タイ人の大好きなアイテムがたくさん詰まっている。タイのスイスなどとも呼ばれることがあるらしいが、私はスイスに行ったことがないのでコメントはできない。

 ドイ・トゥン山は標高約1300メートル、その山頂には西暦911年に建立されたといわれるワット・プラタート・ドイトゥン(ドイトン寺)があり、金色の二つの仏塔が並んで立っている。釈迦の鎖骨の一部が奉納されているとか。

 アカ族やラフ族などの山地民が暮らしていたこの地で、大規模な開発が始まったのは1987年ごろのこと。山地民の支援と森林保護に強い関心をお持ちだった故・ソムデット・プラシーナカリンタラーバロムマラーチャチョナニー王母陛下(故人となった今でも国民に多大な尊敬を集めている)のお住まいが、ドイトゥン山の中腹に建設されることになったのが始まりである。同時に王室による山岳民族の自立支援のための農業プロジェクトなども始まった。

ドイトゥン2 ドイトゥン・ノイ寺の本堂


 この王母陛下の御用邸は、タイの伝統建築様式とスイスの土着の建築様式を取り入れた建物だそうで、一般の人も見学が可能。途中のビューポイントには、観光客をあてこんでアカ族やラフ族の人々が民芸品を売っている。

 王母陛下の離宮の近くには、25ライの広さを誇り、年じゅう色とりどりの花が咲くメーファールアン・ガーデンがある。この見事に手入れされた庭園も一般公開されており、入場料を払えば誰でも入ることができる。

 毎年3月にはこのドイトゥン寺の祭りがあり、仏教を信仰するタイ族系の人々はもちろんのこと、このあたりのラフ族の人々も、この日にドイトゥン寺に生姜や里芋など作物の種やイモを供えるとその年は豊作になると信じていて、村々からピックアップトラックを連ねてこぞって参拝にやってくる。

 また毎年10月には、恒例のドイトゥン・マラソン大会があり、チェンライ県の各地から老若男女数千人の市民ランナーたちが参加する。私もプロジェクトがらみでチェンライの社会福祉事務所からノルマを課せられ(?)さくら寮生たちと一緒に数回このコースを走った(歩いた)経験がある。距離は13キロ程度と短いが、あなどるなかれ、標高差約800メートルを一気に駆け抜ける、ただただ急な上り坂が続く、心臓破りの難コースである。たいていのランナーが、最初の1キロ以降は、走るというより、ぜいぜい言いながら歩くだけである。

ドイトゥン4 
立派な一物をおもちのルースィー(?)。ただの変態オヤジか。

 ところで、ドイトゥン寺から少し歩いて下った森の中に、奇妙な仏像や仏教関連オブジェがたくさん置かれた一角がある。私はこれを初めて見たとき、ワット・ケーク(ケーク寺)を思いだしてしまった。ワット・ケークというのは、ご存知の人も多いかと思うが、ラオス・ヴィエンチャンを対岸にまみえる国境の町、ノーンカイにある、お寺なんだか遺跡なんだか遊園地なんだかわからないようなワンダーランドである。とにかくやたらチープで派手なだけの仏像やらナーガやら大日如来(風)やら千手観音(風)やら阿修羅やら大魔神やらの極彩色の像が、圧倒的な物量で無造作に建ち並んでいる、ほとんど開いた口がふさがらなくなるような遺跡群である。クメール風あり、ヒンズー風あり、ヘレニズム風あり、なんでもありで、これでもか、これでもかというてんてこりんな仏像のオンパレードに圧倒されつつも、この不思議な空間に初めて足を踏み入れたときは、何か見てはいけないものを見てしまったような後ろめたい気持ちと「いったい、誰が、何の目的で……」という釈然としない気持ちだけが残ったものだ。 

   ドイトゥン5
なんだかわからないけど、こんなのをたくさん拝観できる


 実はこのキッチュなオブジェの庭園を作ったルアン・プー(1932年ノーンカイ生まれ。1997年没)というおっさんは、ヒンズー教と仏教を融合させた教えを信奉するいわゆるタイ版新興宗教の教祖のような人だそうで、ルースィ・アーハーマー・ルゥオン・ムニーケオクーという人を師と仰いでいたとか。ルースィというのは、まあ、仙人のようなグルのような存在ですかね。

 話が横にそれてしまったが、このドイトゥンの置物も、ワット・ケークのそれには規模において遠くおよばないものの、なにやら怪しくもユーモラスな雰囲気をかもし出している。

 たとえば涅槃像。寝仏を取り囲んで多くの僧が座っているのだが、僧のポーズや表情がそれぞれ違う上に、てんでばらばらな方向を向いている。一人の僧は、こちらがカメラを向けたとき、ちょうどカメラ目線になる。撮影したとき、ちょうどラフ族のご婦人が供えものを置くために身をかがめていた。あとでモニターを見たら、まるでこの僧がにやけながら、婦人の胸元を覗き見しているように映っており、思わず笑ってしまった。

ドイトゥン3(三輪さんお気に入りの写真)

ドイトゥン寺の近くにある森の中の涅槃仏。3人目の僧侶に注目。どこを見てんじゃ!

プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

カレンダー
03 | 2006/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。