さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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忘れっぽい日本人

2006/02/10 19:39 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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 aee.jpg さくら寮の子供たち。



 

 昨年から今年にかけて2人の現地スタッフが辞めていった。一人は円満退職だったが、もう一人には辞めてもらった。

 さくらプロジェクトのような小さな組織でも、まじめで長続きする優秀なスタッフを確保するのはとても難しい。いろんな人が入ってきて、そしてバタバタと去っていく。中にはとんでもない人を採用してしまい、散々な思いをすることもある。実のところタイで従業員を解雇するなどということは、できることならなんとしてでも避けたい事態なのだが、中にはタイの一般常識に照らしても、これはもう辞めてもらうほかに術はないと思えるような、とんだ不祥事をおこしてしまうスタッフもいるのだ。

 で、のっぴきならない問題を引き起こしても、ただおとなしくやめてくれるだけならよいのだが、たいていこの手の人の場合、後々までトラブルが尾を引くことが多い。自分が犯した過失によって辞めざるをえなくなっただけなのに、あちこちであることないこと、雇い主や元の職場のスタッフの誹謗中傷をしたり、逆恨みしたりと、始末におえない。そんな人を雇ってしまったわが身の見識のなさを悔やむばかりであるが、そのような経験は、タイで人を雇ったことがあるかたならば一度や二度はおありかと思う。

 物価も安く、食事もおいしいタイであるが、この国に長く住むにあたって、日本人が学習しなければならないことのひとつは、現地の人々との距離のとりかた、そしてトラブルになったときの回避方法である。

 まず重要なことは、相手をいちじるしく感情的にさせるような状況をけっして作ってはいけないということ。よく言われることであるが、たとえば職場で部下を叱るときに、他の人の見ている前で、声を荒立てて怒鳴ったり、罵ったりしてはいけない。自分が感情的になったり、相手を感情的にさせることは、なんら問題の解決にならないばかりか、トラブルを長期化、泥沼させるばかりなのである。

 職場の場合、日本人はたいていこう考えるだろう。「これは仕事上のことで、上司の職務としてやむをえず叱っているにすぎない。私憤や私怨など何もない。明日になれば今日怒鳴ったことはすぱっと忘れて、一緒に酒でも飲んで、仲良くいこうや!」と。つまり、感情の問題は、まっとうな理性によってリセットできると楽観的に考えているのだ。しかし、タイの人は人前で怒鳴られた屈辱をそう簡単には忘れない。そしてそれは仕事上だけの関係を超えて、私怨にまでつながっていく。

 友人や一般の人との関係も同様である。なにか行き違いがあって、険悪な状態になったとしよう。日本人は、とことん話し合って誤解をときあい、許し合い、ときには譲歩し、心ならずも非を認め、最後には笑って握手をすればもうそれで万時解決、明日からはすっきり、何もなかったように明るく良好な関係に戻れると、能天気にも考えてしまう。しかし、タイの人相手には、そうは簡単にいかないことがある。一度険悪になった関係を修復するには何年もかかる。いや一生修復できないこともあるかもしれない。

 私自身も過去に、ちょっとした誤解や見解の違いから、タイ人と喧嘩したことがあるが、ある人は、何年たってもいまだに口もきいてくれない。偶然路上で会ったときなどに、こちらから関係を修復しようと、タイ・スマイルを送っても、目さえ合わせてくれかったりする。こちらが一方的に非があるわけでもないのに、完全にこちらを悪者扱いし、絶対に許すものかというような姿勢を崩さない。なにをこれほど執念深く、頑なに、いつまでうじうじと憎悪をつのらせるのか、そんなのお互いの人生にとってぜんぜんプラスではないじゃないか、前向きではないじゃないかと思ったりするが、そういう思いはむしろ日本特有の価値観であって、世界に通用するものではないのかもしれない。

 日本人は、過去のことはご破算にして、ふたたび一から関係を築きあげていくことを美徳と考えている。よくいえば建設的であるが、悪く言えば、自分に都合の悪いことだけを忘れようとする、「ご都合主義の健忘症」である。忘れっぽいということは、同じ日本人同士ならば美徳であり、有効な解決手段になりえても、外国では、ふざけた態度というか、むしろ許しがたい大罪になることもあるのだ。

 別にこの論理を日本の日中外交、日韓外交などについてあてはめたりするつもりはないが、タイの人々の「感情の構造」を観察していると、同じ陸続きの中国や韓国の人々の感情というものも類推できるような気がするのだ。日本人以外のアジアの人々が、(それが昨日のことであれ、60年前のことであれ)過去の出来事に対して抱く遺恨の深さは、私たちの想像以上であるということは、覚えておいたほうがよいのではないか。足を踏んだほうは忘れても、踏まれたほうはその痛みを忘れていないのだ。

 さて、さくら寮のことに話題を戻すと、生徒のほうも日々、なにかと問題を引き起こしている。私を含めさくら寮のスタッフは、日々子供たちを叱っている。規則を守らなければ、罰も与える。

 そろそろ卒業の季節である。さくらプロジェクトでは、中学を卒業後も進学を希望する寮生に対し、支援を継続するかどうかの再検討をする。素行が悪かったり、勉学意欲がないと判断された子供は、中学卒業をもって奨学金の支援を終了する。支援を打ち切られた寮生は、スタッフに対してどのような感情を抱くのだろうか? 日本ならば、かなりやんちゃだった生徒でも、「これまで、私たちをよい子供にしつけるため、厳しく叱ってくださってありがとうございました」などと、恩師にお礼の言葉の一つぐらい述べるかもしれない。しかし、さくら寮の山地民の子供たちを見る限り、厳しく叱られたことに対してそうした素直な感謝の情を感じる生徒は一握りにすぎないようだ。多くの子供は、支援を打ち切られた時点で、これまで世話をしてもらった恩義はすっかり忘れ、叱られたことの記憶や、支援を打ち切られたことに対する恨みと怒りのほうを増幅させる。

 そんなんじゃ、支援している甲斐が全然ないではないかと思うが、これが現実なのである。ここの多くの子供たちにとって(もちろん大人もそうであろうが)、善悪や正邪のものさしは、自分の外側にあるのではなく、自分の内側にある。要するに、自分に不利益をもたらす奴はすべて悪人なのである。言いかえれば「公正さ」の概念が不在なのである。

 だからさくら寮の現地スタッフはいつも不足気味である。一生懸命子供のしつけをしようとすればするほど、逆に恨まれる。誠実に仕事をすればするほど、憎まれ役になるのだから、こんな割の合わない仕事、やっていられないからである。寮生の優秀な卒業生に、さくらに残って仕事を手伝ってくれと頼んでも、「台湾にでも出稼ぎに行ったほうが気が楽です」と逃げられてしまう。どこかにいいスタッフいないかなあ。

 とまた、今回も暗い、愚痴っぽい話題に終始してしまった。

い
さくらエコホームの子どもたち

 


ナチティとポレー 
さくら寮の日曜日は屋上で布団を干しがてら、ひなたぼっこ。

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プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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