さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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偉大なるマンネリズム

2005/12/23 19:14 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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あ


 タイでは私も分不相応ながら「アチャン」(師)などと呼ばれ、年末はやたらと忙しい。この時期は、毎年恒例の他寮との親善スポーツ大会や寮内クリスマス会もあるし、なにより支援を受けている里親の方々に、子供たちがいっせいに手紙やクリスマスカードを書く時期で、私たちボランティア・スタッフには、その手紙を日本語に翻訳して日本に発送するという膨大な作業が待ち受けているのだ。

 さくら寮には135人もの子供がいるので、12月20日頃までに手紙の発送を完了するためには、1ヶ月前の11月半ばには子供たちに手紙を書き終えてもらわなければならない。手書きのタイ文字で描かれた手紙は、タイ人スタッフがパソコンに打ち込み、日本人ボランティアが手分けして翻訳作業を行う。

 さて、悩みの種がある。子どもたちが里親に宛てて書く手紙の内容がいつも恐ろしいほどのワンパターンで、読んでいてまったくつまらないのだ。たとえば一例をあげると、こんな具合。

「尊敬する里親のお父さん、お母さん。お元気でいらっしゃいますか? 私のほうは元気です。今、日本の気候はいかがですか? お父さんは今、何のお仕事をされていますか? 私はこれからもベストを尽くして一生懸命勉強いたします。最後になりましたが、日本のお父さんのお幸せと健康をお祈りしています。さようなら。愛と尊敬を込めて」
 型どおりの挨拶文句で始まり、型どおりの別れの挨拶で終わる紋切り型の定型文の間に、具のないサンドイッチのごとく、はさまれるべき具体的なメッセージがほとんどない。どの子の手紙も似たり寄ったりで、個性というものがまったく感じられない。何か書かれていたとしても、それこそ毎年判で押したように同じである。長年支援されている里親のかたは、毎年同じ時期に送られてくる里子からの手紙を読んで、「あれ、こんな内容の手紙、去年も受け取ったけど」と、既視感にさいなまれるはずだ。もちろん翻訳する側とすれば、子どもたちがワンパターンの手紙を書いてくれれば、仕事が楽チンこのうえないのだけれど、読まされる側の方々の心中を察すると、不安になる。「タイの子供たちは支援する里親に対して、親愛の情も恩義の念もなにも感じていないのではないか」と失望し、こんなことでは支援する甲斐がないと、支援をやめてしまうかたもいるかもしれない。

「手紙には、季節の挨拶とか、締めの挨拶とかももちろん大事だけど、一番大切なのは手紙に心がこもっているかどうかなんだ。みんな、自分の生活の中で起こったことや感じたことを、もっと率直に書いてみようよ。楽しかった出来事や悲しかった出来事でも、自分の悩みのことでも、家族のことでもいい、友だちとのことでも、好きな先生のことでも、いや、片思いの恋人のことでもいいじゃないか。心のこもってないよそ行きの挨拶よりは、具体的でなまなましい話題を書いたほうが、里親の人はうれしいと思うよ」

 子供たちにはいつもそうアドバイスしているのだが、なかなかこちらが期待するような手紙は書いてくれない。
 なぜ、さくら寮の子供たちはこんな形式ばった手紙しか書けないのだろうか。実際の彼らはもっと生き生きとして個性的なのに。なぜ、もっと自由にのびのびと自分の体験や感情を書けないのだろうか。それは私にとってさくら寮開寮以来の疑問だった。

 ひとつには、タイにおける国語教育の方針(私が観察している限り、タイの学校の国語の授業では、自由作文の指導をあまり重視していないように感じる)や、手紙という表現形式に対する日本とタイの価値観の違いせいもあるだろう。タイでは目上の人に書く儀礼的な手紙の文章には定型があり、逆に自由な気持ちを文章にして表わすのは失礼である、などと学校で教えられているのかもしれない。

 それから、長く無文字社会の伝統に育ち、手紙を書いたり読んだりする習慣のない山岳民族の子どもたちにとってはなおさら、文章で自分の気持ちを伝えるということに慣れていないのかもしれない。手紙の文化を長く保持してきた日本人のように、実際に会ったこともない相手と、文章のやりとりだけで心を通わせたりする想像力というものが十分に培われていないのだと思う。文章からイメージを作り上げる能力、文章によって自分の気持ちを相手に伝える能力というものは、実は意外に高度な学習と鍛錬の産物なのだ。

しかしそのあたりのところは、日本にいる里親のかたがたにはなかなか理解していただけない。日本人同士では、ふだん手紙やEメールで普通にコミュケーションが成立できているから、タイの子供にも普通にできるものだと思いがちである。そうした能力が人間の先天的な資質でなく、高度な教育と文化的な伝統によってはじめて成しとげられるのだということを実感するのは、異文化に長く接した経験のある人でないとなかなかむずかしい。

 さくら寮では毎週日曜日に寮生ミーティングがあり、全員で歌を歌う。その歌のレパートリーというのがなぜか10年前からほとんど変わっていない。10年前のヒット曲をいまだに飽きもせずに(?)歌い続けているのだ。いい加減新しい歌を覚えればもっと楽しくなるのにと思うのに、まったく新しい歌を覚えようとする気配がないし、それを提案するスタッフも寮生もいない。ただ、惰性で歌っているのだ。

 ワンパターンといえば、恒例のクリスマス会で演じる出し物なども、毎年、前年のビデオを見るようにワンパターンである。人気歌手のステップを真似たディスコ・ダンスやオカマも入り乱れてのファッションショーなど、毎年まったくアイデアに進歩がないというか。
 要するに、なににつけても、新しいことに踏み出そうという意欲に欠けるのである。

 しかし、視点を変えてみれば、この人々の偉大なるワンパターンこそが、私たちが日頃賞賛してやまないもの、つまり、彼らが今の時代まで保持してきた昔ながらの伝統文化の原動力になっているのだということでもある。

 彼らの行動規範がこれほど頑固なまでに保守的というか、ワンパターンでなかったら、今頃、モン族は何百年も前からほとんどデザインの変わらないあの精緻な民族衣装を着続けていないだろうし、ラフ族は数百年来変わることのないステップであいかわらず正月の踊りを踊ったりしていないだろう。アカ族も古い民謡を口伝えに現代にいたるまで残してこなかっただろう。

 そしてもし山岳民族の人々が日本人と同じような精神性や性格をもちあわせ、たえず外部の文化や技術を学習、吸収し、またそれに創意工夫を加え、日々改良に改良を重ね、残業もいとわずにせわしなく働きまわり、家庭を犠牲にしてまで徹底的にこだわる仕事をしていたら、今頃北タイの山々には高層ビルが建ち並び、高速道路が張り巡らされ、車が走りまわっているだろう。しかし、現実は黄土色の大地に、いまだに美しい草葺の家が建ち並び、人々は足踏み式の精米機で米をついているのである。それを情けないことだと思うか、素晴らしいことだと思うかは個々の価値観次第である。十年一日のごとき彼らの姿を、「変えようとしないことの怠惰」と見るか、「変わろうとしないことの意志」もしくは「変化を拒絶する頑固なほどの保守性」ととらえるか。

 マンネリであることは、文化の多様性を保持するという点においては非常に重要なファクターである。グローバリズムという名のもとに、欧米社会の主導で急激に進みつつある世界の画一化、均質化をくいとめる遅延作用としてそれは機能する。

 タイ語でよく使われる「パタナー」と言う言葉は、英語で言えば「development」 開発する、発展させるという意味だ。

 私たち山岳民族の教育を支援しているNGOでは、とかく山岳民族の人々に、「パタナーしなさい」「遅れた生活習慣を改めなさい」と諭し、その一方で「自分たちの伝統的な文化や習慣を捨てることなく、守り続けなさい」とエールを送っている。しかし、「生活をパタナーすること」と「伝統的な文化、習慣を守ること」はある意味でまったく相反する方向性をもったベクトルを示しており、ときに彼らをダブルバインド(二重拘束)のジレンマに陥らせる。「私たちを変えたいのか、そのままでいさせたいのか、どっちなんじゃ?」ということである。「山岳民族開発支援」を標榜する者にとって、それは永遠の課題となる。私の気持ちも、子供たちの姿を前にして振り子のように揺れるのである。

写真上:さくら寮の子どもたち

クリスマス 

クリスマス会での熱演


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プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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