さくらプロジェクトのブログ

タイ北部チェンラーイで活動する山地民の子どもたちのための教育支援NGO「さくらプロジェクト」代表の三輪隆が綴るさくら寮での日々

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ゴホンツノカブト

2005/09/29 23:23 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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友人のY君が訪ねてきた。Y君はS工大建築学科の出身で、以前さくらプロジェクトのボランティアとして半年ほどさくら寮に滞在していたこともある。今回は約1週間の休暇である。

 釣りが趣味のY君は、チェンライの釣りスポット、それから蝶採集スポットに連れて行ってほしいという。蝶というのは、Y君の元上司、K氏から、「チェンライで蝶を50匹と、カブトムシでもゾウムシでもヘッピリムシでもなんでもいいから、甲虫類を採集してくるように」と、ほとんど強制に近い指令が出ていたのだ。K氏はY君から紹介された私の蝶採集仲間でもあり、超のつく昆虫マニアである。1年365日、頭の中から蝶のことが離れたことはなく、すべての休日と小遣いを蝶採集に費やしている人だ。橋の上からダイビングしたこともあるし、車を運転中、レアな種を見つけてあわててサイドブレーキをかけずに運転席から飛び降り、坂道だったために、家族一同の乗った車が坂道を転がり始めたという危ないエピソードもある。

 さて、私には釣りの趣味はないので、スポットといわれても皆目見当がつかない。幸いさくらの運転手A君が、よく釣れそうな場所を知っているというので、案内してもらうことにした。場所はメーチャン郡の山の中にある貯水池だ。
 車の中で、Y君は日本から持参した自慢のルアーの数々(100個以上あった)を私に見せてくれた。確かにそれは造形的に美しかったが、そのサイズ、形状を見て、かなり大物を狙っているように思えた。大丈夫なのか。ここはアマゾンではないぞ。

 貯水池に着き、すでに釣りをしていたおばちゃんたちの籠の中を覗くと、Y君のルアーよりも小さい魚ばかりである。運転手のY君も、「そんなニセモノの餌で釣れるんですか? 本物の餌をつければ釣れると思うけど」と懐疑的、および半ば冷笑的なまなざしである。しかし、釣り歴20年のY君のプライドであろうか、Y君は最後まで巨大なルアーでとおして、結局2時間ほど粘るも、メダカ1匹釣れなかった。ときどき湖面からバチャッと魚が跳ねる音が聞こえたので、魚がいないわけではなさそうだ。とすると、やはり餌が悪いのか、それともY君の腕のせいかのか……。
 さて、魚がダメとなれば、次は甲虫である。

 タイでは9月はカブトムシの季節である。チェンライのあちこちでも、カブトムシ市がたっている。道路脇の屋台などに、餌のさとうきびの茎に縛り付けられたカブトムシが、ぶらさげて売られている。これらはクワン・チョン(カブトムシの格闘競技。闘鶏と同じように賭博の対象になる)用のカブトムシである。数年前までは10バーツ程度で売られていた記憶があるが、やはり数が減ってきたのだろうか、50バーツから、ツノが立派なものは100バーツ以上もする。

「ゴホンヅノカブトはないんですか?」と聞くと、店の人は、「ここんとこ入ってこないな」と答えた。
 ゴホンヅノカブトというのは、羽の部分が白っぽく、文字通り、5本の立派なツノを持った巨大カブトだ。体長80ミリほどにもなる。
 
ゴホンヅノカブト補正 
ゴホンヅノカブト

 たまたまうちに遊びに来た、チェンライ在住20年のM氏(以前生活のために昆虫を捕っていたことがある)に聞くと、「ああ、ゴホンヅノカブトね。そういえば最近あんまり見かけなくなりましたねえ。以前は市場で食用として山のように売られてたけど。ナーンの方に行けば、まだいるんじゃないんですか」

 たしかにゴホンヅノカブトは、私が初めてタイに来た頃はありふれた昆虫で、私も山の中で何頭か採集したことがある。森林の減少と乱獲で、今ではかなり希少な種になってしまったらしく、バンコクのウィークエンド・マーケットあたりではけっこうな値段で売られていると聞く。

 しかし、私たちがゴホンヅノカブトを探しているという噂を耳にしたスタッフのミボヤイ(アカ族)が、「私の村のあたりには、まだいる」と言う。ちょうどお父さんが高血圧の治療のためにチェンライの病院へ降りてきていたので、「できれば数匹捕ってきてほしいのだが」と頼んでみた。さすがミボヤイの父、行動が早い。村の少年たちを動員して、たった1日で9頭ものゴホンヅノカブトをゲットしてきてくれた。

 しかし、ビニール袋に密封されて搬送されてきたせいか、ややぐったりしている。このままでは日本へ持ち帰る前に死んでしまうのではと心配だ。

 寮生たちが、「お酒を飲ませれば元気になりますよ。格闘用のカブトムシも、競技の前に酒を飲ませるんだそうです」とアドバイスしてくれた。

 さっそく、もらいものの赤ワインを脱脂綿にひたして、ゴホンヅノカブトたちにちょっと与えてみた。確かに元気になって、活発に動き出した。というか、酒によって暴れているだけという気もする。少したつとおとなしくなり、眠ったようになってしまった。酔いつぶれたのであろうか。

ヒラタクワガタ 
ヒラタクワガタ

貯水池で釣りをする運転手補正
貯水池で釣りをする運転手


餌のさとうきびに縛られて売られているカブトムシ 

餌のさとうきびに縛られて売られているカブトムシ
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停電

2005/09/25 19:06 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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い

 ある朝、午前8時45分頃、寮生のラッポンが私の部屋をあわただしくノックした。なんだ、なんだ、なんだ、もう起きてるよ。

「大変です、ピータカシ! 今日、午前9時から午後4時まで停電になります。ナムラット村一帯で電気工事があるんです。たった今、村内放送でアナウンスがありました」

「えーっ、なんだって?」

 タイでは雷雨などによる突然の停電は日常茶飯事である。電気工事にともなう停電もよくあることだ。しかもアナウンスは停電の直前である。ふだんならこの程度のことには別に驚きもしないが、この日はちょっと話が別だった。午前10時から、さくらプロジェクトの大口スポンサーになっていただいている日本の某企業の社長さんはじめ社員のみなさん40名が、その寄付金により建設されたさくら寮の施設を視察にいらっしゃることになっており、寮をあげてホールで歓迎会を開く予定になっていたのだ。寮の子供たちも全員、学校に許可を得て半日だけ授業をお休みさせてもらい、民族衣装に着替えてスタンバイしていた。歓迎会で披露する歌やダンス、演劇などは、この日のためにずっと練習を重ねてきたものだ。出し物の多くはマイクやアンプ、スピーカーなどの音響機材が必要で、照明効果のための電源も必要だ。停電となればマイクも使えなければ、音楽も鳴らせない。照明も使えない。30分後にはそのお客様を空港に迎えに行かなければならない。困った、どうする。

 スタッフのジョイに電話すると、そんな話、寝耳に水だという。が、そこはジョイ、行動がすばやい。すでに電気工事を開始している近くの現場に出向き、現場監督のボスと交渉に入った。

「今日は午前10時から大事なイベントがあるんです。どうしても電気を使わなければならないの。なんとかしてください。1時間だけ工事を中断するとか」 

 まあ、そんなこと言っても、なんとかなるはずもない。「そりゃ無理だなあ」とあっさり断わられてしまった。
 ボスはジョイに尋ねた。「で、大事なイベントってなんだよ。結婚式かなにか?」ジョイも説明するのが面倒なので、「そ、そう、結婚式」と答えると、ボスも納得したようだった。村の中で音響装置を使う大事なイベントといえば、普通は結婚式とか葬式ぐらいしか思いつかないのだろう。ボスは、「うーん、それは困ったね。市役所に電話してみたら? 臨時の発電機を貸してくれるかもしれないから」

 お役所がそんなことしてくれるかなあと私は訝ったが、とにもかくにもトライしてみるしかない。ジョイがすぐに市役所に電話をする。不機嫌そうな声で職員が対応した。

「はあ? 大事なイベント? 発電機を貸してくれだって? あんた、どこに電話してるんだ。うちがそんなことできるわけないだろう」ガチャン。

 ジョイも「こりゃ無理だわ」と思ったのか、あまり抵抗することもなく、すぐに電話をきった。タイのお役所が民間の小さな一組織にそんな親切なサービスをしてくれることなど、期待してはいけない。

 そういえば! 思い出した。以前、ルアミット村にあるさくらエコホームの地下水汲み上げのために購入した発電機があった。購入したのはいいが、肝心の井戸水が枯れてしまい、代わりに近くの小川の水をポンプで汲み上げるようになって、その井戸用の発電機は規格があわないために、使われないまま、エコホームの非常用の電源として事務所に保管してあったのだ。

 すぐに運転手のユッに頼んでエコホームまで走ってもらうことにする。あと1時間。ルアミット村までは20キロ。車で往復40分。機材の上げ下ろしや、燃料補給、配線などの時間を計算に入れても10時までに、ぎりぎり間に合うかどうかといったところだ。しかし、それしか今は考えつく方法がない。

 来客一行を空港まで迎えに行き、寮まで車で先導して帰ってくると、ホールのほうからバタバタバタというモーター音が聞こえ、スピーカーから音楽が流れてくるのを聞いて、ほっと胸をなでおろした。

 せめて数日前からでも停電のアナウンスがあれば、これほどうろたえることはなかったのに。15分前に、「今から7時間ほど停電しますよ」なんてこと、日本ならばありえないことだろう。賠償問題である。しかしここはタイである。ナムラット村のアイスクリーム屋さん、製氷屋さんは事前に知っていたのだろうか?

 なんとか時間どおり、歓迎会はスタートし、ステージでは順調に演目が消化されて行った……かに見えたが、今度は再生装置のトラブルが発生。電力の供給も不安定になって、プツンとアンプの電源が切れ、最後は尻切れトンボの演芸会になってしまった。

 ふだん電気の力に頼りすぎていると、いざというときにこうなるという、文明の落とし穴を垣間見せられた日であった。かく言う私も停電でパソコンが使えない日には、ほぼ終日お休み状態である。

「今後は、さくら演芸団も、電気を使わなくても上演できる出し物を予備として用意しておく必要があるね」と、事後の反省会で話し合った。電気がなければ歌も歌えず、踊りも踊れなくなるなんて、情けないことだね、と。そう、かつて、山々の村では電気も音響機器も何もなかった。君たちのお父さんやお母さんは、竹と木だけで作った楽器を鳴らし、自分の喉を全開にして歌い、踊った。それは谷間まで響き渡った。肉体の復権だ!


え

貧しければモノを大切にするのか

2005/09/10 18:58 ジャンル: Category:さくら寮日誌
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 前回、前々回に続いて、今回も頑固中年のぼやきといった話である。
 長年さくら寮で山地民の子どもたちの世話をしていて、気づくことがある。もちろん、皆、基本的にはやさしい、いい子たちばかりなのだが、これだけは一言いいたい、というようなことがいくつかある。これはその1つである。
 山の子どもたちは、まったくもって、モノを大切にしない!(私はタイ族のことはあまり知らないので、ここでは山地民の子どもたちに限っての記述である)。

 通常の私たちのイメージはこうであろう。

 山の子どもたちは貧しい→モノが不足している→だからモノを大切にする。

 だが、これはまったく私たちのステレオタイプなイメージ(願望)に過ぎない。現実はまったく逆である。

 たとえばギター。さくらプロジェクトでは子どもたちの要望にこたえて、開寮以来10本以上のフォーク・ギターを買った。そのうち6本は質実剛健で知られるヤ○ハ製である。しかし、これがどういうわけか、いつのまにか紛失してしまったり、破損したりして、現在まともに使えるギターは1本もないのである。

ギターの末路


 紛失した2本は、盗難によるものと思われる。寮内部の者か外部の者か不明だが、学期休み中などに何者かが寮外へ持ち出してそのまま返ってこない。盗みをするような不届き者は論外としても、残っている4本のギターの破損状況である。ひどいものになると、ボディは穴だらけ、ネックが折れ、ナットがはがれ、弦が引きちぎられて、いったいどんな扱いをすればこのような悲惨な状態になるのかと思うほどの、信じられないようなギターの末路である。1度目撃したのは、2階からの落下である。誰かがベランダの手すりの不安定なところにギターをおき、それを誰かが誤ってふれて階下に落としてしまったのである(普通そんなリスキーな場所にギターをおくか?)。もちろんネックは折れ、ボディには派手にヒビが入った。

 これは極端な例であるが、ほかのギターについても、2階から落下しないまでも、まるでサンドバッグか庭箒として使用されたのではないかと思いたくなるほどの惨状である。

 FUJIYAMA、SAKURA、YAMA(HAはない)など安いミャンマー製やタイ製ギターならいざ知らず(気候の過酷な条件のタイでは、安いギターはどうしてもネックゾリなどがおこって、すぐに使い物にならなくなるのは確かだ)、台湾やインドネシア製とはいえ、天下のヤ○ハのギターが、普通に弾いていて、そんなに簡単に壊れるわけがないのである。
 私の愛用のギターを子どもたちに貸すこともあるのだが、いくら、「楽器を扱うときは、必ず手を洗い、終わったときはポリッシュをかけて磨くこと」と教えても、さっきカウニャオとナムプリックを食べたベタベタの手でギターに触られたりされると、2度と貸す気がしなくなる。

 ピックガード周辺に傷がつくのはしかたがない。しかし、塗装がはがれて合板がむきだしになるほどのボディのへりのむごい打痕の数々は、ギターがいかにぞんざいに扱われているかを証明している。清掃やメンテナンスもまったくなされていない。ギターを磨いている姿は見たことがないのだ。私など、小学5年生で初めて親からギターを買ってもらったときは、毎晩枕もとにギターをおき、毎日磨いていたものだ。

 ギターは一例で、寮生たちを観察していると、とにかくモノを大切にしない、丁寧に取り扱わないのである。特に公共のものに対する意識が薄く、扱いがひどく乱暴である。

 図書室の本は数人がまわし読みしただけでボロボロである。宿題に使うのが目的らしいが、勝手にページが引きちぎられたりしている。ご飯は大量に残して残飯として捨てる。水は蛇口をひねって出しっぱなし、電気は誰もいなくてもつけっぱなし。さくら寮ではこういう光熱費関係に、実は膨大な経費がかかっているということに無自覚なのだろうか。確かに山では水は山から引いてくるので、タダである。蛇口を開けておこうが閉めておこうが、水は次々と流れてくる。しかし、さくらの水は水道代がかかっているのである。子供たちは、自分のお金が10バーツでもなくなると大騒ぎするが、公共の水道代が、毎時10バーツの割合で無駄に漏れていても、いっこうに無頓着なのである。

 自分の洋服などはけっこうこまめに洗濯をし、アイロンがけをしているが、共有部分、たとえば足拭きマットとか、カーテンとか、自主的に洗っているのを見たことがない。人の衣類が物干し場で、風で地面に落ちてぬれていても知らん顔である。まあ、ひとことでいえば、公共心がないのである。

 振り返って考えてみれば、彼らの生まれ育った山の村には、公共の場所、公共のモノというのは数えるほどしかない。村の集会所とか、教会とか、祭りのときの櫓とか、そんなところである。あとはすべて家にしても土地にしても、農具にしても家畜にしても、個人的なものである。だから公共心というのは育ちようがないのかもしれない。
 それから、山の人たちのこれまでの生活には、耐久消費財という存在がほとんど皆無といてよかったというのも、モノを大切にしない一因かもしれないと思う。

 かつて、焼畑による移動農耕をしてきた山地民の人々は、1つの場所に数年しか居を構えず、建材は竹、茅、といったものだった。たとえ3匹の子豚の末っ子のように、頑丈で立派な家を建てたところで、数年で打ち捨てていかなければならぬ運命にあるのだ。4、5年もてばよいのであるから、竹と草で十分である。農具も木や竹、籐など、材料はそのあたりに生えているものばかりだから、壊れても新しいものを山や森から切ってきて作り直せばすむことなのである。ひとつのものを大事にメンテナンスして長く使い続けるという発想はもとよりないのかもしれない。そしてそんな価値観が、すでに定住を果たしてしまった現在でも、どこかに伝統的に残っているのではないか。

 ある程度はしかたがないかと思う反面、状況や時代に対応していかないと、彼ら自身が困ることになるのにと、おっせっかいをやきたくなる。

 電化製品やパソコンなどの機械類をすぐ壊してしまうのは、タイで売られている製品の質が悪いとか、気候条件が過酷であるといったことだけが理由ではなく、説明書をよく読まないで使うのも一因であろう。確かにさくら寮のスタッフたちも、電子レンジなどを買っても、説明書などまったく読まずにいきなり使っている。鉄製の容器をレンジにかけたり、液状の料理をラップもかけずに放り込んで内部を飛沫だらけにしたり、ゆで卵を爆発させたりして、大変な目にあったりしている。また、パソコンがフリーズするとすぐに電源スイッチを切ってみたり……。そんなもの、ちょっとマニュアルを読めば書いてあることなのだが、文字を読むのが面倒らしい。無文字文化が長かった伝統か。

 

プロフィール

三輪隆

Author:三輪隆
1955年岐阜県生まれ。写真家・文筆家。タイ在住26年。さくらプロジェクト代表。

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